敬愛の対象となる国歌

この数週間、国会が政争に明け暮れている傍ら、国旗・国歌に関するいろいろな動きがありました。

大阪府では、橋本知事が率先し、行事等で国歌斉唱時に起立を義務付ける条例が成立。

最高裁では、教職員が起立をしなかったことに対して戒告した校長の命令について合憲判決を出しています。

少数派にはなってきているそうだが、教育現場では君が代に関するアレルギーは多い。

君が代は、明治時代に国歌として制定されました。もとは古今和歌集の和歌から歌詞がとられていて、天皇の治世が永遠に続くことを歌った歌詞。

戦時中の教育の経緯を考えると、学校の先生たちが信念として素直に歌えないという気持ちもわかります。

大阪府の条例や最高裁の判例も、国歌として君が代を敬うことを求めているのではなく、公務員として、教職者としての姿勢を問うているように感じます。

私個人的には、最高裁の裁判官のひとりが出した意見に共感しました。

その裁判官の意見は、「国旗・国歌が強制的にではなく、自発的な敬愛の対象となるような環境を整えることが何よりも重要」というものです。

私たちが国歌を身近に感じるのはサッカーの日本代表戦やオリンピックなどのスポーツイベントだと思います。

どれだけの選手や観客が国歌の意味を理解して歌っているかはわかりませんが、日本人として生まれてきたことに誇りを感じる瞬間だと思います。

比較的歴史の浅い国であれば、国歌は国の自然等を連想させる歌詞が多いそうです。「兎追いしかの山~」的な歌詞でしょうか。

また、昨年のG8で管総理が宣言した「開国」やユニクロの柳井社長が発した「民族大移動」。日本人はこれから活躍のフィールドを世界に求めていくことになります。

「開かれた国」を目指す国民であり、世界に出ても行く国民ですので、世界でも日本のアイデンティを感じることができる国歌であればいいと思っています。

そして、これから日本を背負っていく若い世代が、国旗・国歌に関する議論をしていなかければならないですね。

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