カテゴリー別アーカイブ: 増野佐智子

他人の発言から何を受けとるか

 

 

こんにちは、新宿オフィスの増野です。

私も、遂に一回り年下のメンバーと一緒に仕事をする時代に突入(笑)

生まれ育った環境や価値観も異なる相手に、
いかに自分の頭の中を共有するかは、私の大事なミッションです。

さて、様々な発信をしていて実感するのは、
全く同じ発言を全く同じように伝えても、
本意がすんなり伝わる人と伝わらない人とがいることです。

何が違うのでしょうか。

両者を観察していると、そもそも他人の発言から受け取っているものが違うと感じます。

例えば、皆さんこんな経験はありませんか?
___________________________
《事例》
先週上司から「○○にしよう」と言われ、そのつもりでいたが、
今日突然「○○は後回しで」と言われた。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

この時の反応は、大きく以下3タイプに分かれます。
同じ人でも、その時々で様々なタイプが顔を出します。

①何も考えず何も感じずただ決定に従う、
 完全な《イエスマンタイプ》。

②「急に変わった。あの時こう言ったのに」と、
 何かしらの不満を感じる《隠れ不満タイプ》。

③急な方針変更にも納得して、
 気持ちよく行動に移す《コミットタイプ》。

常にベストを考え続ける社風の弊社でも、
この事例のように、一度決めた方針が一転することはあります。

その時の社内の反応は、②か③に分かれることが多いです。

 
②隠れ不満タイプに陥る時や陥りやすい人は、
〈相手の発言それ自体〉や〈起きた事実〉にのみ目がいっています。

「あの時●●と言ったのに、今日●●と言った」
「●●と言うから対応したのに、無駄になった」
「事前の相談なく、方針を変えた」

確かに、こうして〈相手の発言それ自体〉や〈起きた事実〉だけに
焦点をあててみると、なんだか少しイライラしてきますね(笑)

変更前の方針に従ってかけた時間や負担が大きい程、
解消されない不満が心の中に募ることでしょう。

 
③のコミットタイプで取り組める時・人は、
相手の発言自体や起きた事実だけでなく、〈相手の発言の本意〉や、
〈相手がその発言に至った背景(目的、理由、価値観、気持ち等)〉に目がいっています。

更に言うと・・・
最初の決定段階から「上司が●●と言った(決めた)」事実だけでなく、
「会社として××を優先させた結果だ/上司は✕✕を重視して(危惧して)決定した」等、
その決定発言の背景も一緒に受け取っているんです。

物事の本意や背景をしっかり受け止めていると、
仕事の取り組み方もその成果も、全然変わります。

たまに、受け取った〈本意や背景〉が検討違いのこともある訳ですが、
このコミットタイプは、必ず答え合わせの機会に恵まれるので、
だんだんと上司の本意・背景を的確にキャッチする技術が向上し、
益々上司から頼りにされ、本人もメキメキ成長曲線を上っていける形です。

 
なぜ今回このテーマを取り上げたかと言うと、
このタイプ分は、厄介なことに、歳を経れば経る程、癖になりやすいからです。

特に、②隠れ不満タイプが癖になると、
自分のストレスに不感症になるか、溜め込み続けていつか爆発するか、
不幸な選択肢に追い込まれるしかなくなり・・・
なんというか・・・自分の人生にコントロールがきかなくなります。

そして、②隠れ不満タイプが自分の心に無駄な負荷をかけている間に、
③コミットタイプは、ストレスフリーで、周りからも頼りに&重宝され、
メキメキ成長する好循環に入っています。

早く③のコミットタイプを癖付することが、
長く仕事を本気で楽しむコツだと感じます。

ちょっと意識を変えるだけで、②にも③にもなれるので、
皆で意識して成長曲線を上っていきたいと思います!!!
 
 

急がば回れ

 

 

おはようございます、増野です。

来春入社の内定者インターンが始まり、
各オフィス、若いパワーで活気に満ち溢れています。

この時期、オフィス内で頻発するのが、
誰かに何かを教えたり、引き継いだりする行為です。

指導する側は共通して、相手が主体的に取り組み、自分の頭で考え、自ら気づき、
自ら行動に移し改善を繰り返す、、、そんな自走型の仕事を期待しています。
新人にも、早くそこまで成長して、仕事の本当の面白さを実感して欲しいと思っています。

今まで色々な指導方法を、見て聞いて試してきましたが、
自走型の人材を輩出する一番のコツは、「急がば回れ」だと感じます。

>>指導する側が、目の前にある業務に追われて余裕がない時や、
「とにかくこの業務を終わらせる」という超短期的な目的発想になってしまっている場合、
こんな↓作業ベースの指導方法になってしまいます。

《これをこうしてああしてこうやって・・・
 これはここにあって、あれはあそこにあるから。》

確かに、この指導方法だと「とにかくこの業務を終わらせる」という超短期的な目的は
達成されると思います。

でも、この指導方法を続けると、長期的に見て失うものがとてつもなく大きいです。

指導された側は、自分の頭で考えるという発想を失い、
言われたことをやる「指示待ち人間」になっていきます。

仕事に自分の考えや意見を反映して「仕事を創り上げていく」面白みを知らないので、
仕事自体を楽しむという発想もなかなか持てません。

「自ら行動を変える」という発想も根づいていかないので、
作業が上手くいかないと、作業指示自体や環境などの外部に難癖をつけるようになります。
 
 
>>一方で、指導する側が、目の前にある業務のもっと先を見る余裕がある時や、
「成長して欲しい/可能性を引き出したい」という長期的な目的発想に立てている場合、
こんな↓指導方法になります。

《この仕事は、こういう目的でやっている。今までこんな風に育ってきた業務。
 会社としてこう考えていて、社会からもこう必要とされている。
 今はこの段階だけど、将来的にこういうレベルにしていきたい。
 その上で、あなたにはここまで期待している。どうやったらベストか少し考えてみて》

これは「急がば回れ」の指導方法です。

この指導方法だと、“今目の前にある業務に関して”のみいうと、
前述の「指示待ち人間」育成型の指導なら30分で終わる業務が、倍かかるかもしれません。
一見すると、遠回りに見えるかもしれません。 

でも、この指導方法を続けると、長期的に見て、得るものがとてつもなく大きいです。

この指導方法を続けた場合、指導された側は、自分の頭で考えるという癖がつきます。

どんな些細なことでも「何がベストか、どうやったら最適か」を何度も考える内に、
その結果として、自ら選択する方法の精度や上手くいく確率も、どんどんあがっていきます。

仕事にかける周りの思い・社会からの期待・今していることの意義が腹落ちしているので、
その方向性に向かって、自ら改善・創意工夫を繰り返していくことができます。

仕事に自分の考えや意見が反映される面白みを知っているので、仕事自体が楽しく感じます。
仕事が上手くいかない時は、自らの言動を振返り、自ら行動を改善していくことができます。

誰が何をするでもなく、1人でどんどん吸収してどんどん成長していくでしょう。

 
これを数ヶ月続けた時・・・

前述の「指示待ち人間」育成型の人が、
腐りながらも、相変わらず言われた通りに30分で作業をこなしている間に、

後述の「自走人間」育成型の人が、
仕事を楽しみながら、改善を繰り返しながら、
昔1時間かかった業務を10分でこなしていると思います。

この違いは、倍々ゲームのように膨らんでいき、
半年・1年と経った頃には、もう絶対に追いつけない違いになっているはずです。

 
日々の業務に追われていると、相手に成長して欲しいと思いながらも、
知らず知らずの内に「指示待ち人間」を育ててしまうアプローチをしてしまいがちです。

そんな時は、「急がば回る」の方が、長期的に見て絶対にお得であることを肝に銘じて、
育成に関わっていきいなと思っています。

これから、サポート行政書士法人の皆がどんな風に成長していくのか、
今から本当に楽しみです(^-^)ノ

「不安」の上手な使い方② ―不安の特効薬―

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
おはようございます、新宿オフィスの増野です。
 
前回のブログで、
「人は、本能的かつ無意識に、自らエンドレスに不安に陥る賢い生き物」とお話しました。 

まだ起きてもいない仮説を勝手に立て、勝手にそれが現実に起きたように心を悩ませ、
自分で自分の心を疲弊させている状態、これが不安の正体でした。

この不安な時間は、無意識の内に行動が減り、視野も狭くなり、
何も進まず、何も解決しない非生産な時間です。

この不安を上手に使うためのファーストステップは、
「不安はなくせないと潔く諦めること」でした。

さて今日は、そうは言っても、不安に襲われたらどうしたらいいの?ということで、
具体的な対応策をお話します。

すごい簡単。たったの2ステップです。

____________
>>>①角度を変える
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「不安=ネガティブな要素」と捉えられることが多いですが、実際は違います。

不安は「自分を知る為の大きなヒント」です。

不安は、自分の好きなこと、こだわりがあること、
大事にしていることにほど、大きく働きます。

※前回例に挙げた男の子も、電車が好きじゃなかったら、
 何の不安に襲われることもなかったと思います

不安が襲ってきたら・・・
ぜひ、自分には「その不安と逆の実現欲求がある」と、角度を変えて理解するようにしてください。

例えば、「予算達成できないかもしれない」と不安に襲われたら、
「そうか、自分は予算へのこだわりがあるんだ、予算を達成したい欲求が強いんだ」と、
ただそれだけを受け止めましょう。

____________
>>>②行動しまくる
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
自分の欲求を知ったら、それを実現する為の策を練って、どんどん行動しましょう。

行動をすることで、不安はどんどん小さくなり、心を傷つけることはなくなっていきます。

どんなささいな行動でもいいので、とにかく行動するんです。

やってみる、誰かに聞く、教わる、
本を読む、真似る、頼る etc

不安の特効薬は「行動」です。

おそらく行動することでしか、不安を小さくすることはできません。

でも逆に、行動により、いくらでも不安を小さくすることができるんです。

 

ということで。

不安を上手に使う為のポイントは・・・
 
********************
●不安は絶対なくせないと潔く諦めること
●不安は、自分のこだわりを知るヒント。角度を変えて理解すること。
●自分の欲求を実現する為に行動しまくること
********************
 
皆さんも、ぜひこれを実践し、不安をなくす無理難題に立ち向かうのではなく、
不安を上手に活用して欲しいと思っています!\(^-^)/ 
 

「不安」の上手な使い方① ―不安の正体―

 
 
 
 
こんにちは、新宿オフィスの増野です。

GW広島帰省時、帰りの新幹線での出来事です。

新幹線は、リターンラッシュの子供達で大賑わい。
同じ車両にいた母親が、子供達に「次の駅で降りるから準備ね」と言いました。

すると、3才位の男の子が、ものすごい勢いで泣きわめき始めました。

その子は、どうやら電車が大好きな男の子。

事情を察した母親が「降りたらもっと好きな電車に乗るから大丈夫よ」と言うと、
瞬時にニコニコ笑顔に戻りました。

ささいな一場面ですが、とても興味深い出来事でした。

「新幹線が、目的地に近づき、母親が降りる準備をするように言った」
起きた事実は、ただこれだけです。

それなのに、この子は「もう好きな電車に乗れない」と、
勝手に自分にとってマイナスな要素を追加し、勝手に悲しくなり、
勝手に泣きわめいた訳です。

不安の正体は、まさにこれだと思います。

まだ起きてもいない仮説、確証もない仮説を勝手に立て、
勝手にそれが現実に起きたように気を病み、心を悩ませ、
自分で自分の心を疲弊させている状態です。

この自分で勝手に作り上げた不安に襲われている時間は、
無意識の内に行動が減り、視野も狭くなり、何も進まず、何も解決しない時です。

私達大人も、たぶんこの男の子と同じです。
日々、勝手に不安に襲われているはずです。

例えば、仕事中。

案件が少ない時には、
「このまま毎月予算達成できないかも。チームや担当を変えさせられるかも。
 社員間評価で低評価を受けるかも。後輩に越されるかも…」

案件が増えたら増えたで、
「実務がまわらなくなるかも。手続き漏れが起きるかも。
 同じことの繰返しで成長がとまるかも。このハードワークがずっと続くかも…」

仕事以外でもきっと同じです。
 

不安は、エンドレスに、いつも、私達を襲ってきます。

不安をなくせれば、最高です。

でも無理です。諦めてください。

だって、電車好きな男の子が、誰から教わるでもなくそうしていたように、
人間の賢い本能がそうさせるんですから。
  

「不安は絶対なくせない/ゼロにはならない」と潔く諦めること。
 
不安を上手に使う為の、ファーストステップは、実はこれだと思います。

でないと、いつまでたっても不安がなさそうに見える誰かと比較して、
もっともっと不安になっていきます。

不安がなさそうに見える誰か、
不安なんか感じる余地もなくすごく偉大に見える誰かも、
絶対に不安を抱えて生きています。

不安のない人なんて、いないんです。
 

そうはいっても、不安過多の状態は、精神的にも肉体的にも疲弊してしまうので、
適度な不安量に抑え、上手に付き合っていくことが大切です。

ということで、次回は「不安を減らす方法」を取り上げたいと思います。 

短所は、長所。長所を圧倒的に伸ばそう!

 

 

 

 

 

 

こんにちは、新宿オフィスの増野です。

今年の、当社の1dayインターンシップミッションは、
「先輩社員の能力を、最大限引き出そう!」です。

学生のミッショントライを通じて気づいたのは、
「人の長所よりも、短所を見つけることが得意な人が多いこと」です。

さらに面白いことに、学生が、先輩社員の短所(=直すべき点)と捉えた要素は、
実は、仕事上、その社員の長所として発揮されている点でした。
 

で、私は、確信しました。

それは、「長所」と「短所」は、表裏一体、同じものであること。
そして、少し角度を変えてみるだけで、長所は短所に、短所は長所に変わるということです。

例えば、私の場合、昔からずっと「飽き性で、継続が苦手なこと」が短所で、
何をやっても長続きしないことに悩んできました。
(だからこそ、私の好きな言葉は「継続こそ力なり」。自分への戒めです)

でも、今自分の仕事を振り返ってみると・・・
この「飽き性」という短所が、私のたくさんの長所につながっています。

まず、飽き性で集中力が続かない裏返しで、短期間の集中力が誰よりも高い自負があります。
衝動的に(ある意味狂ったように)一気に物事を仕上げ、形にすることが得意です。

また、飽き性で一つのことをコツコツ続けるパワーはありませんが、
新しいことであればいつまでもチャレンジし開拓し続けるパワーが、
底無しに発揮できます。

自分の気持ちにも飽きが来やすく、結構すぐ忘れてしまいます。
怒りや悲しみ等ストレスにつながりやすい過去の感情に縛られず、
いつも安定した自分でいられます。

このように、私の「飽き性で、継続が苦手」という短所は、
見方を変えると「短期集中で成果につなげる、新しいことにチャレンジし続ける、
無駄な囚われがない」といった私の武器につながっているんです。
 

サポート行政書士法人では、
社員の短所を改善することよりも、長所を圧倒的に伸ばすことを重視しています。

私も、そうやって育てられてきた気がします。

そして気がつけば、生きていること以外で、一番長く続いているのは、
サポート行政書士法人で働いていること、となりました(笑)
もうすぐ勤続10年。

もし私が、短所を改善すべく毎日コツコツ継続することを強いられていたら、
今もまだ、自分に自信が持てずに「自分は継続できないダメ子」と燻っていたでしょう。笑

長所をより伸ばす努力をし続けた結果、
「短期集中で没頭する」飽き性らしいサイクルを、継続的に発揮できる自分作りが進み、
結果的に、継続して成果を出すという継続性につながっている気がします。

そう、気が付いたら短所が解消されているんです。
長所を圧倒的に伸ばせば、短所は気にならなくなるんです。

私も、自分自身がそうしてもらったように、
もっと周りにいる人の良い所が、より発揮されるような貢献をしていきたいと思います。

さあ、新年度。
また新しい自分でチャレンジしていきます^^

 

千里の道も一歩から

 

 

一説によると、「学ぶ」の語源は、「真似ぶ(真似る)」だそうです。

確かに、何かを学ぶ時の一番最初の第一歩は、「誰かの真似をすること」です。

特に、初心者時代・新人時代など「経験が浅い時期」は、
誰かの真似をすることで、圧倒的に早く効率良く、良い成長ができることが多いです。

 

私の周りには、真似るのが上手い(成長も早い)人と、そうでない人とがいます。

真似るのが上手い人を観察してみると、以下の2つのことに長けていることに気づきます。
①(必要な要素に)分解すること
②言葉にすること

 

例えば、仕事で、先輩の面談に同席した時。

「すごいなぁ、自分も早く先輩のような交渉力を身につけるぞ!」

こんな感想で面談を振り返る人が多いですが、
これは、残念ながら、その後の変化・成長があまり見られないパターンです。

どこから/なぜ交渉力が発揮されたのか、まだ交渉力に必要な要素を分解できておらず、
ただただ感心してしまっている状態です。

そして、このパターンは、「どうやって交渉力身につけるの?」と聞くと、
だいたい、何も答えが出てこないか、「面談回数をこなして経験を…」となります。
次に自分がすべきことが、まだ具体的になっていない/言葉にできていない状態です。

 

逆に、その後の変化・成長が見られやすいパターンは、こんな振り返りをしている人。

「すごい交渉力だなぁ、まずは、先輩のように大きな声でハキハキ話すようにしよう!」

このパターンの人は、先輩の「交渉力」が導き出された必要要素を自分なりに分解して、
まずはそのうちのいくつかを実践していく…タイプです。

次にすべきことも、具体的に/言葉にできているので、明確に行動が変わっていきます。必要要素の分解が誤っていたとしても、実践で分かるので、軌道修正もどんどんききます。

「交渉力を身に着けよう」だと、何から着手していいかわからない壮大なお題に見えます。
でも、「大きな声でハキハキ話そう」であれば、さっそく意識して変えられそうですよね。

 

この違いに気づかないまま、先輩との面談同席を何回か終えた時に、
両パターンの間には、結構、大きな違いが生まれていることに気づかされます。

こういう良い習慣を身に着けて、当たり前に繰り返していくことで、
数年・数十年後にはとても追いつけない雲泥の差が生まれていくんです。

 

千里の道も一歩から。やっぱり、そういうことなんです。

 

本当のレジリエンス

 

 

 

 

 

 

こんにちは、増野です。

逆境や困難など強いストレスに直面した時に、
しなやかに乗り越えていく、折れない心の強さ「レジリエンス」。

世の中には、「見せかけのレジリエンス」が蔓延しています。

例えば、仕事中。

大変なピンチの時にも、
楽しそうな人、笑顔の人。

プレッシャーある時でも、
飄々としている人。

八方塞がりの時でも、
気に止めていない様子の人。

こういう人は、一見すると、
精神的にタフな(レジリエンスマッスルが強い)人に見えたりします。

でも実際は、、、、
かなりの割合で「見せかけのレジリエンス」が紛れ込んでいます。

そう、「見せかけのレジリエンス」は、困難や問題を見ないようにしていたり、
気づかないふりをしていたり、周りに同調しているだけのケースが多いです。

確かに、「レジリエンス」は「折れない心」とも言われ、
どんなことがあっても折れない心は、それだけで大きな武器といえます。

でも、本当のレジリエンスは、問題を見て見ぬふりしてやり過ごすのではなく、

きちんと問題と向き合い、問題を解決に導いたり、
その為の創意工夫を通じて自分自身が成長していくことだと思います。

仕事をしていると、年々権限と責任が増え、
それと共に、人生の可能性が広がっていきます。

「見せかけのレジリエンス」を身に付けてしまうと、
年々大きくなっていくこれらの問題にも、出会う度に目を背けるしかなくなります。

やがて、権限と責任の重さは大きなストレスになり、
やり過ごすだけの「見せかけのレジリエンス」では処理しきれなくなり、、、
破綻します。人生の可能性も……。

早くから、本当のレジリエンスを身に付ける工夫(トレーニング)をすることが大切だと、
最近つくづく思います。

伸びる事業、伸び悩む事業

 

 

 

 

 

 

増野です。

今まで、色々な新規事業の立ち上げに関わってきました。

そして、最近「伸びる事業」と「伸び悩む事業」の明暗を分ける、
大きな違いに気づきました。

それは、事業の旗振り役が、
「自分よりも優秀な人を採用できるか(味方にできるか/巻き込めるか)どうか」です。

事業の旗振り役は、社長や部長等の役職者であることが多いです。

上手くいかない事業は、だいたい、旗振り役が自分よりも優秀ではない人を採用しています。

旗振り役が信頼している「右腕」は、実は「分かっている風で分かっていない人」
「できそうでできない人」「旗振り役に同調しているだけの人」だったりします。

こういう事業は、どんなに良い事業でも、だいたいうまく行っていないです。

そして、この場合、期待の「右腕」は、いよいよ出番の時に、去っていくことが多いです。
「他からもっと良い話が来てしまって…」と勇退を語りながら。

実際は、ボロが出る前に逃げていったんです。
どうしたらいいか分からないし、できなかったんです。

今まで、これはそもそも「人を見る目」の問題かなと思っていました。

でも、こういう場面を何度も目にし、そうじゃない気がしてきました。

たぶん、本人も無意識のうちに、
わざとそういう人(自分より優秀ではない人)を味方につけているんだと思います。

そうすれば、いつまでも「自分がいないと回らない、頼りになるチームリーダー」
「できない部下を抱えた、できる上司」を演じ、全部自分がコントロールしている風を演じられますからね。

本当は、それ自体が、自分の弱さ/無能さを表してしまっているのですが、
気づかないんです。

事業だけでなく、会社も、チームも、同じだと思います。

会社もチームも、トップが、自分よりも優秀な人をどんどんチームに呼び込み、
自分よりも優秀な人をどんどん育てていくことが大事です。

で、だいたいの人は、皆そうしているつもりで、
「部下には自分を超えて欲しい!期待している!」と語ります。

でも、本当は違うのかもしれません。

実は、部下が自分を超えないように、いつまでも優秀な自分を演じられるように、
無意識のうちにコントロールしている可能性があります。

自分の事業、自分の会社、自分のチームが、少しでも伸び悩んでいると感じたら、
そんな自分の恐ろしい無意識を疑ってみる必要がありそうです。

「仕組みがある」罠

 

 

 

 

 

 

おはようございます。

最近、近畿・東海地域など関東圏以外からの金融・不動産関係のご相談が増え、
全国各地を飛び回っている増野です(^-^)♪

「仕組み」があると、人は自分の頭を使わなくなる…と、最近よく感じます。

例えば、スマホやインターネットという仕組みが普及し、文字を書く機会が減りました。

結果、文字が汚い人が増えたり、漢字が思い出せなくなったり、
予測変換に頼らないと文章が書けない人が増えました。

Facebook・LINE・Twitterなどでの発信・共有慣れした「SNS世代」は、
実は、SNSツール以外での情報発信や共有が苦手です。

自分の興味関心がある話には「いいね」(反応)できますが、
そうじゃない大多数の話にはどう反応していいか分からず、
「既読スルー」という技を無意識に使ってしまいます。

仕事でも、マニュアルがなかった時には対応できていたイレギュラーな事態に、
マニュアルがあると対応できなくなることがあります。

もともと業務を適切に運用する為に作られたマニュアルが、
いつしか、現場の人にとって、法律よりも優先する「正しいルール」と化し、
人は、マニュアルに書かれていることしかできなく/しなくなります。

そして、マニュアルの間違いや改善点にも気づく頭がなくなっていきます。

他にも、引き継ぎでは、引き継ぎシートができた途端、
引き継ぎシートにはない項目が引き継ぎ漏れし始めます。

もともと「引き継ぎ後も問題なく稼働する為に適切に引き継ぐこと」が目的だったのに、
いつしか「引き継ぎシートを埋めること」が目的に刷りかわってしまっています。

このような事例は、枚挙にいとまがありません。

世の中がどんどん便利になることは、とても良いことです。

マニュアルにより属人的な知識やスキルに頼った業務が減り、
マニュアルの精度をあげることで、高い品質に画一化された業務が実現します。

インターネットにより情報へのアクセススピードが高速化し、情報量が増え、
何かに着手する時のスタートラインが圧倒的に身近に、かつクオリティが上がりました。

良いことはたくさんあるんです。

でも、個人的に強く感じるのは、頭を使う業務を機械やツールに外注した分、
空いた部分で自分の頭を使わないと、自分の頭で考えられない人になってしまうのではないかという危機感です。

「ポケモンG0」の3ヶ月の全世界課金収入が630億円を突破したそうです。

このニュースを見て思うのは・・・
この「サービスの中心核にいる人(創案者等)」から、「サービスを構築した人」
「サービス構築者のサポートをする人」…そして、「末端で利用するユーザー」に至る順に、
自分の頭を使って考える機会が減っているということです。

末端で利用するユーザーは、創案者や構築者の作ったルールの中で泳がされている状況です。

私の最近はまっているうしじまくん風に解釈すると、
「(自分の頭を使って)コントロールする側」と「コントロールされる側」の内、
末端ユーザー(私達)がどちらに該当するかは明白です。

自分の分身を求めないこと

 

 

 

 

 

おはようございます!
金融の相談が増え、全国各地を移動中の増野です。
本日は、大阪からスタートです(^-^)ノ

仕事でも、プライベートでも、
人は、無意識の内に「自分の分身を求めてしまうこと」があります。

頑張り屋さんは、相手にも頑張ることを求めます。
時間を大事にする人は、時間にルーズな人を軽蔑します。
前向きな時に、ネガティブなことを言われると嫌な気分になります。
全く同じ話を聞いて理解した内容が違うと、相手を疑います。
自分が一瞬でできることを、誰かが全然できないとイライラします。etc

結局、そうなんです。

自分が大事にしていることは、相手にも大事にしてほしい。
自分が感じていることは、相手にも共感してほしい。
自分ができることは、相手にもできてほしい。
自分と同じ感覚、同じ理解、同じ価値観、同じ状態でいてほしい。

人って、無意識の内に「自分と同じであること」を求めてしまうんです。

人が抱えるストレスのほとんどが、人と人との関わりから発生していると言われています。

世の中の人が全部「自分」だったら、きっとストレスの多くがなくなるでしょう。

だって、相手が何を考えてどんな価値観でこれからどう動くのか全部つかめますから。
相手の言動だって、自分の想定通りのもので、安心できるでしょうね。

だから、人は、油断するとすぐに、自分と同じような人と親しくなり、
自分と同じような価値観のコミュニティに所属したがります。
自分と同じような人を評価します。自分と同じような人を量産しようとします。

でも、本当にそれでいいのでしょうか。

今のほんの少しのストレスを削減する代わりに、
将来の自分の大きな可能性を逸していることに気づいていますか。

世界がどんどん狭くなっていることに気づいていますか。

「小さい約束」こそ、大切にする

こんにちは。新宿オフィスの増野です。

私達は、毎日たくさんの「約束」をして過ごしています。

例えば、仕事中のこんな会話。
「3時からミーティングしよう」「午前中のうちに終わらせます」
「戻り次第メールします」「担当に伝えておきます」

そして、プライベートでのこんな会話。
「今度一緒にいこうね」「予定決まったら連絡するね」
「私、予約しておくね」「仕事終わったら連絡するね」

「大きな約束」は、意識的にかわされ(時には契約書等に明文化)、重く存在しますが、
「小さな約束」は、あまり意識されず、悪気なく破られることも多かったりします。

この小さな約束破りがもたらすマイナス影響の大きさを、最近よく感じます。

職場での小さな約束破りは、
はじめのうちは、周りから指摘され、気づく機会が与えられます。 

でも、これが何回も続くと、次第に、周りから何も言われなくなり、
最終的には、本人が気づかないまま、周りから「諦め」られることになります。

この時、本人が、周りの諦めアラートに気付ければいいのですが、
多くの場合、周りは笑顔のままそっと諦めるので、本人は一切気づきません。

そして、周りから言われても直らなかった小さな約束破りは、
言われない環境下では、習慣のように繰り返され、当たり前になっていきます。

気づいたら、その人は、自身の気づかないところで、
「時間を守れない人/口だけの人/すぐ投げ出す人」等マイナスのラベリングをされ、
その後の仕事人生における重い足枷をはめることになります。

明確にラベルが貼られなくても、周りの人の心には、小さな約束破りに対する不満が、
少しずつ、少しずつ着実にたまっていき、いつしか絶対に選ばれなくなります(笑) 
しかも、自分にとって大事な時に、選んでほしい時に、絶対選ばれなくなります。

 
小さな約束破りは、その人の信頼をとてつもなく大きく損なうことにつながります。
そして案外簡単に、取り返しのつかない挽回不能な事態に陥ります。

このことは、20代後半以降の人は、より重く受け止める必要があります。

というのも、新入社員のうちは、周りから指摘を受ける機会も多く、
ポテンシャルが評価されていることもあって、致命的な「諦め」に至ることは少なく、
周りからの良くない心象を挽回するチャンスが比較的多いからです。

20代後半・30代と歳を重ねるにつれ、指摘を受ける機会が年々減り、
諦められるまでのタームが短く、あっけなく致命的な「諦め」に至るようになります。

 
これは、仕事だけでなく、プライベートでも同じです。
そんな場面を、何度も見てきました。

小さな約束を破る癖がある人は、
小さな約束を大切にする人には絶対に選ばれないですし、
重要な仕事のパートナーにも、恋人の人生のパートナーにも、絶対に選ばれません。

逆を返すと、小さな約束を破る人は、
結局、小さな約束を破る人にしか選ばれないし、
小さな約束を破る人しか選べないってことです。

色々な学びや経験を通じ、私は、これは社会共通の仕組みだと考えるようになりました。

このことをもっとよく理解して、小さな約束こそ大切にして、
日々過ごしていなかければいけないと、自分に言い聞かせつつ、結構危機感を感じています。

皆さんは、小さな約束、きちんと守っていますか?
「○○するって言ったけど実行できてないな・・・」そんな気がかりありませんか。

あればさっそく取り掛かり、選んで欲しい人に選んで欲しい時に選んでもらえる自分を
創りましょう!

「事実は、たった1つ」

 

新宿オフィスの増野です。

全く同じ出来事でも、受け取る人によって、その意味や解釈は無限にあります。

更に、全く同じ人が、全く同じ出来事を経験した場合でも、
その時の本人の状態によって、本人がその出来事に与える意味が変わってきます。

例えば、上司に「頑張って!」と励まされた部下のケース。
ある部下は、「期待してる、いつも見てるってことだ♪ 頑張る!」とやる気を出し、
またある部下は、「自分の成績が悪いから、足を引っ張るなという忠告だ…」と受け止め、
萎縮する。

極端な例のようですが、実際に世の中で起きている事例です。

このような事例で、見落とされがちが大事なことは、
「起きている事実は、たった1つである」ということです。

先程の例でいくと、どちらの部下にとっても、
<上司が、自分に「頑張って!」と言った>、事実はただそれだけです。

それなのに、なぜこんなにも本人によって意味が変わってしまうのか。

 

それは、人には、起きた事実に「+α」をして、
その事実を、自分なりに理解・解釈する癖があるからです。(特技でもある)

しかも、「+α」されるのは、
受け止める本人の「推測・期待・感情・思込み・習慣・主張」であることが多いです。

恐ろしいことに、どれも全部、受け止める自分側の要素なんです。
発信源である相手の軸が、全然入ってなーーーーい!!!笑

この自分軸の「+α」は、ある時は、自分の念願を果たす為に意識的に行われ、
またある時は、自分を防御する為や自分の言動を正当化する為に、
無意識・無自覚のうちに行われています。

私自身にも言えることですが、日々仕事をしていると、
結構多くの人が、自分なりの理解・解釈を、事実として周りに報告・共有してしまったり、
本人自身も、自分の色眼鏡を通じてできた理解・解釈を、事実と混在させてしまい、
結果として、話が複雑化したり、余計な苦労をしているケースが多いと感じています。

こういうケースを何度も何度も経験し、私がいつも自分に言い聞かせているのは、
「事実は事実として別枠で考える」ことです。

事実は事実として別枠で考えてみた瞬間に、
気持ち的に負担感のあった出来事が、一気にシンプルに整理され、
自分の気持ちも整理され、解決していくことが多いです。

事実だけを冷静に見てみたら、たいしたことないと感じられたり、
やるべきことが別の所に見つかったりします。
 

皆さんは、今何か不安やストレスを感じていますか?

その不安やストレスは、どんな「事実」から出てきたものですか。

事実からひも解いていくと、不安やストレスのほとんどが、
実は存在しないもの、つまり、自分で勝手に作り上げた「+α」の虚像であることが、
分かるかもしれません。

「自由」と「身勝手」

 

 

 

 

 

こんにちは、新宿オフィスの増野です。

「自由」と「身勝手」。
最近、この違いについて、よく考えます。

サポート行政書士法人は「メール1通で休暇がとれる」など、
「自由」な制度や社風を特徴としていますが、

実際は、「身勝手」な制度利用にならないように、
皆で配慮しあいながら運用しています。

この「自由」と「身勝手」という言葉から受ける印象には雲泥の差がありますが、
現実は、紙一重であることが多いです。

誰かにとっての自由は、
ある時、他の誰かにとっての不自由を意味します。

その自由が、他の誰かの犠牲や努力によって成り立っていたり、
他の誰かの負担や迷惑となっているケースがあります。

この時、誰かにとっての「自由」は、
他の誰かにとって「身勝手」とうつることがあります。

では、そもそもこの「自由」と「身勝手」はどう違うのでしょうか。

「自由」という言葉を辞書で調べてみると、こう書かれています。
「自分の意のままに振る舞うことができること」

ハッとしたのは「できる」という部分です。

自由とは、
「自分の意のままに振る舞うこと」ではなく、
「自分の意のままに振る舞うことが “できる”こと」を言うのです。

ここでいう「できる」とは、「(そうすることを)認められる/許されること」で、
「外的な要因(法制度、ルール、人など)から容認されること」を意味します。

そうなんです。

本来「自由」とは、自ら主張してむりやり手に入れるものではなく、
まるで当然にある権利のように主張されるものでもなく、

周囲から容認されて自ずと与えられる(手に入る)ものなのです。

(法制度上の制限や不平等を排除し、自由を獲得する時はちょっと様子が異なりますが、
社会的に様々な個性が多様性として認められている現代は、あまり当てはまらないですね)

「自由」というと、1人で大空に向かって両手を広げて、
あらゆるものから解放されているイメージがありましたが、
本当は、たくさんの周りの人に囲まれた中で成り立つものが、「自由」だったんです。

そして、自由かどうかは、最終的には自分が決めるものではなく、
周りの皆によって決められ、その結果として自分が感じるものだったんです!!

こうして考えると・・・

自分の行動の裏側で、
他の誰かの自発的な応援、支援、協力等がある場合は、「自由」。

自分の行動の裏側で、
他の誰かの不本意な心配・犠牲・我慢・努力等がある場合は、「身勝手」なんだと思います。

 
さて、ここで自分を振り返ってみましょう。

例えば、自分が急に仕事のお休みを取りたい!となった時。

あなたの周りの人達(会社の上司や同僚、クライアント、家族等)は、
「(あなたを)ゆっくり休ませてあげよう」「(あなたの)力になりたい」
「(あなたに)協力したい」と、自然と思ってくれそうですか?
そんな自分でいることができていますか?

我が身を振り返って胸が痛むのは、自分の反抗期の話です。

あの時、「自由にさせて」と両親に声をあげ、夜中まで遊び歩いていましたが、
その裏側には、家族の不本意な心労や我慢がたくさんあったと思います。

あれは、「自由」ではなく、ただの「身勝手」だったと、今はハッキリ自覚します。
おとん、おかん、ごめん!><

いくつになっても、「自由」をはき違えることがないように自分を戒めて、
いつでも周りの皆が気持ちよく応援/協力したくなるような自分を作っていこうと、
改めて決意する増野でした!!

感動。

SG初の新人合宿。
私の場合、一番の感動は、実は「合宿後」にありました。

合宿後、参加者の「変化」を見たり感じたりできた瞬間です。

例えば、こんな出来事。

新宿オフィスには、人一倍体が大きく存在感があって、
でも誰よりも慎重×心配性で、とても気持ちの優しい男性社員がいます。

彼は、これまで、失敗を避けようとするあまり、必要以上に時間や手間をかけてしまったり、
結果として「行動しない/先延ばしにする」ことになってしまう場面が何度もありました。

一度思い切って行動した後の成長というか変身ぶりが誰よりも大きい×早いだけに、
「もったいないな…」、合宿前、私は彼に対してそんな印象を持っていました。

合宿中「(自分の)弱さを知ることが強さに変わる」のコマで、
彼は、自分の人生を振り返り、今の価値観につながるたくさんの経験や感情を、
言葉につまりながら話してくれました。

そして、「たくさん行動して失敗することが、自分が欲する“成功”につながること」を
改めて実感し、合宿中からいつもと少し違う行動にチャレンジしたり、
「絶対やりますよ!」と自分に言い聞かせるように、何度も決意を口ずさんでくれました。

そんな彼が、合宿から戻ってきた初日に、さっそく覚悟を試される場面に遭遇します。

どうやら自分としてはまだ納得のいくレベルではないメールを、
先輩から「もうそれで送ってまえ」と言われ、
「や、それはちょっと。もう少し調べて…」と抵抗している模様。

今までだったら、おそらく抵抗を押し通して、2~3日調査に費やし悶々としていたでしょう。

その直後です。

「…いや、やっぱり送りましょう!送ります!」
「私、自分の殻を破るって決めたんですから!」

やーーー、こういう一歩を近くで見れた瞬間、ひとり目頭が熱くなるわけですよ。

周りから見たら小さな一歩でも、本人にとっては大きな大きな一歩のはずで、
きっと葛藤や色んなモヤモヤを経ての、勇気や思い切りのいる一言だったはず。
でも、こういうことの積み重ねで、どんどん人生が加速し始めるんだと思うんです。

合宿の成果は、合宿後、どれだけの人が自分の行動を変えたり、変える努力をしたり、
自分の考えや価値観を知り、広げるきっかけを作れるか、そこにあると思います。

それは、指導者側で参加した人も同じ。

新人に負けない位、私も行動を変えてみようとチャレンジ中です(^-^)ノ

戦闘女子達へ①


こんにちは、増野です。(今回2部構成です)

最近、「戦闘女子」と話す機会が増えました。

「戦闘女子」とは、何かと闘って日々もがいて葛藤している女子のことです。

圧倒的に、男性より女性にこのタイプが多いと感じるので、
誤解を恐れず「戦闘”女子”」と書きます。

彼女達が何と戦っているかというと、「自分の中の正義や理想、思い込み」とです。

自分の考えや意見がしっかりある彼女達は、
自分の中の「こうすべき/こうあるべき/普通~だ」という「正解や常識」に従って、
何でも「まず評価する」傾向にあります。

自分の考えや意見、理想像があることは素晴らしいことです。
こういうタイプの女子、私は大好きです。

問題なのは、その「(絶対ではないはずの)自分の考えや意見」を基準に、
すぐ評価してしまうこと。
そして、基準に沿わない場合に沸き上がるネガティブな感情の影響を、
もろに自分自身で受けてしまっていることです。

この自分の軸で「まず評価する癖」は、社会に出てからますます彼女達を苦しめ、
彼女達の成長を邪魔する原因になります。

ここで、戦闘女子イメージを共有する為、最近あった戦闘女子の事例をご紹介します。
学生さんです。

※※事例紹介※※

部活で部長をしているA子さん。「リーダーは、誰よりも一生懸命真面目に取り組み、
誰よりも成果を残し、自分のひたむきな姿勢を通じて周りに影響を与えるべき」と考え、
それを実践し続けた結果、部員からも慕われ、チームとして大きな成績も残してきました。

そんな頑張り屋のA子さんは、アルバイト先のレストランで、
自分のリーダー像とは全く異なる男性上司に出会います。

こんな上司です。
・何をしているか分からない
・いつも暇そうでおしゃべりが多い
・メニューやお皿の場所などアルバイトでも分かることを知らない
・数字(レストランの売上目標)に無頓着

この上司を「ハズレ上司」とマイナス評価し、大きなストレスを感じながらも、
彼女は、店舗に付与された予算を達成する為に、誰よりも一生懸命働き改善を繰り返し、
見事レストランは予算を達成し彼女も周りから高く評価されたそうです。

しかし、がむしゃらに頑張ることに限界を覚え、また、アルバイトでも分かることを平気で聞いてくるその上司に対して「なぜあれで正社員なのか」「アルバイトの自分の方が貢献している」と不満も募り、次第にそんな上司を正社員登用するバイト先が「ハズレの会社」に思え、就職活動というちょうどいい言い訳を見つけて彼女はアルバイトをやめてしまいます。

この経験は、彼女の中で1つの「(自分が納得できる)事例」として結論づけられています。

「ああゆうハズレ上司や先輩だと、優秀な人材はどんどん離れていく。
 やっぱりリーダーは、誰よりも一生懸命頑張って背中を見せなきゃ!」

※※以上※※※

このパターン、「戦闘女子あるある」です。

一般的に、戦闘女子は、自分の考えや意見にそぐわない人や環境に出会った時に、
比較的早い段階で以下のスパイラルに陥って、本人自身が無意識の内に、
気持ち的にダメージをおってしまうことが多いようです。

①改善の為の試行錯誤や努力
↓  ↑ (繰り返し)
②(理想通りに)改善されない現実

③以下を感じ始める
・自分がハズレをひいてしまったような不幸感
・このままこの状況がずっと続くことへの絶望感
・改善されないコミュニティに対する諦めや無期待感、妥協
・自分だけが問題意識をもって努力しているような疎外感や被害妄想

④不満が確信に変わる。場所や相手を選んで以下を口にしたり態度に出るように。
・自コミュニティや他人への不満、批判、攻撃
・他コミュニティや他人への羨望

⑤症状が出る又は行動に出る
・体調が悪くなる、無気力感で成果がでない
・逃避する(距離をおく、やめる、別コミュニティに移る等)

戦闘女子は、仕事でも、サークルでも、家庭でも、恋愛でも、
本当にこのサイクルに陥ることが多いです。

学生の内は、所属するコミュニティの多くが期間的に有限で、自由選択なので、
そこまで縛られず、気に入ったコミュニティの気に入った環境を選択し身を置くことができてしまいます。

自分の価値観と合わない時は、自分なりの努力をした後で、
「反面教師で勉強になった」「もっとふさわしい相手/環境がある」
「忙しくなった仕方ない」等、納得のいく言い訳をつけて「卒業」していけばいいのです。

ところが社会人になると、生活の為やキャリアの為などの理由で、学生の頃よりも選択(選択肢の数やタイミング)に縛りがあり、結果として、彼女達は、解消されないストレスを日々抱えながら職場での時間を過ごすことになります。

と、ここまで読んで「自分も戦闘女子かも/評価癖があるかも」と思った人、いますか?

たぶん「自分は違う/戦闘女子ではない」と感じた人ほど、
実は評価癖のある「戦闘女子」であることが多いです(笑)

えーーーっと。
いつも頑張って戦っている戦闘女子達に、元戦闘女子から送りたいメッセージがあります。

次回、乞うご期待!

※ちなみに、私の分析では、戦闘女子にはこんな傾向があります。

〇比較的明確に理想像がある
〇考えや意見がハッキリしている
〇ルールをしっかり守る
〇自分に厳しい頑張り屋さん
〇人望が厚く、中心的存在
〇責任感や正義感が強く、根真面目
〇成長欲が強い
〇他薦でリーダーに選ばれやすい

今年の漢字 『築』

こんにちは!増野です。

社会人になってからずっと、毎年この時期になると、一年を振り返って、
自分にとってどんな年だったかを漢字一文字で表すようにしています。

これまで、こんな漢字で推移しています。

『新』→『実』→『迷』→『信』→『導』→『耐』→『省』→『始』

漢字を見るだけで、それぞれの年に起きた出来事や自分の感情、
出会いなどが、リアルに思い出されるから不思議です。

そして、私の2014年、30代スタートの年。

漢字一文字で表すと・・
『築』です。

30代を強くしなやかに駆け抜ける為の大事な土台が、
自分の内面的にも社会的にも築かれたような、そんな手応えのある年でした。

思い返せば・・・
堀江貴文著『ゼロ~なにもない自分に小さなイチを足していく~』を読みながら迎えた30歳。

「本を読んだら、行動を1つ変える」という自分ルールに基づき、
私がこの1年間、意識的に実践したのは「“イエスマン”になること」でした。

仕事でもプライベートでも、「とにかく誘いを断らない/やってみる/変えてみる」
これを徹底しました。

イエスマンになることで、行動量が増え、新しい出会いや経験、気づきが増え、
新しい自分を知る機会も増え・・

結果的に、30代の出発年に大事な土台を築くことができた手応えがあります。

また、仕事でも家庭でも、自分の中で色々な考え方やベクトルが変わった年でもあります。

特に、20代の頃に重視していた「何をしたか/何ができるか」といった実績やスキルよりも、
30代は「自分がどうあるか/どうありたいか」といった人としてのあり方や中身が、
重要になってくることを実感しています。

セミナーやイベントに講師として参加すると、
自分の価値観や人生観などに興味を持たれることが増えました。

採用イベントでは、自分が日々何を大事にして何の為に働いているのか、
世の中にどんな跡を残したいのか、そんな話を求められることが増えました。

その人の使命感とか人生観、世界観、人としてのあり方、
そういうことが自分の中でキーワードになっている気がします。

私自身も、相手の肩書きや実績よりも、相手の考え方、価値観、大事にしていること、
そうゆうことを重視して人と関わるようになりました。

その影響か、妙な気遣いや見栄や焦燥感を感じることがなくなり、
また1つ生きやすくなりました。

そんな変化を家族とも日々共有してたくさん会話をする内に、
「増野家」の新しい人生観も築かれていった気がします。

そんな1年でした!

皆さんにとってこの1年は、どんな年でしたか?
漢字で表わすと、どんな意味のどんな漢字がぴったりきますか?

私は、この「築」の1年の出会いや気付きを大切に、
来年は、この基盤をより強化しながらジャンプしていきたいと思います\(^o^)/

「特定の人のスキル」に頼った会社運営は、もう古い

こんにちは、増野です。

「特定の人のスキル」に頼った会社運営は、もう古い。
「特定の人の頑張り」に頼った会社運営も、もう古い。

最近、よくそう思います。

先日、大手不動産会社の営業の方から、
「10年前と仕事のスタイルが大きく変わって驚いている」というお話を伺った時も、
改めてそう思いました。

この不動産会社さんでは、
以前は、営業目標や実際の事務処理等は、全て個人に課せられていたそうです。

その為・・・

○マンション販売のモデルルームでは、
 問い合わせ電話は、営業マン同士の取り合い。

○年齢の若い顧客など、購入見込みの薄い顧客への対応は、かなり雑。

○とにかく、売る為に、なんでもする。顧客に変な情報は極力入れない。

○誰かが成約しても、他の営業マンは嬉しくない。職場は殺伐とした雰囲気。

○自分の仕事量だけがお給料につながるので、
 長時間労働は当たり前×絶対休めないサイクルに。

○一部の営業が本当に得意な人だけが継続的に力を発揮し、
 裏方で貢献しても何も評価されない。

○売れる営業マンは、結局引き抜きにあったり、もっと歩合の良い所に転職。
 で、人の異動とともに、業績がガクンと落ちる。

 
ぶっちゃけ現場では、こんな状況だったそうです。
※もちろん、競争が生まれる等の良い面もありますが、
 適切に運用される「仕組み」がないとダメですね。

でも、今はチーム制が採用され、一つの物件ごとに数名のチームが作られ、
そのチームで●日以内に売り切る等の目標が課せられているそうです。

チーム編成の度に、メンバーの「得意」に合わせて役割分担を決めるので、
来客担当者が電話担当者になったり、事務統括になったり、
自然とジョブローテーションが生まれているそうです。

今までの完全独立個人主義がなくなった結果・・・

○チーム内での助け合いが生まれ、
 数字に直結しないこと(お茶出し、モデルルーム内環境整備等)にも気を配る余裕が生まれ、
 顧客満足度があがっている。

○自分の得意分野のノウハウをシェアする動きが生まれ、
 チーム内で自然と「社員育成」が行われ、社員のベーススキルが向上している。

○顧客層に合わせて最適な担当者をつけるようになり、
 顧客の成約率があがっている。(顧客との関係が長期的に維持できるように)

○色んな役割を経験して、会社の全体像が見えたり、
 他分野の担当の気持ちが分かり、それをふまえた動きを意識するように。

○各自に自分ができることで貢献しようという意識や役割分担が生まれ、
 職場の士気があがっている。

○「最短売り切り記録を作る!」等、自然にチーム同士の競争が生まれている。

など、意外な効果が出始めているそうです。

いや~面白い、面白いですね!

労働力人口がどんどん減っている今、
特定のスキル・実績を持った人をその魅力だけで雇って、辞めて、
代わりを雇っての繰り返し・・・のスキルベースの雇用は、もうミスマッチですね。

特定の誰かだけが馬車馬のように働く、スーパーマン頼みの労働も、
もうミスマッチです。

効率や生産性を突き詰めていった結果、
重視すべきは「システム」でも「スキル」でもなく、

やっぱり「人」だとつくづく感じています。

社内にいる「人」をフルに活かせるかどうか、
これは今後企業が生涯現役で長生きするために、とても重要だと思います。

「人」が活きて初めて、システムやスキルなどが大きな効果を発揮し始めます。

・・・弊社の「オールスター経営」って、改めて、ものすごく良いですね!笑

ただ、採用現場にいると、ついつい「こんなすごい経歴の人が!」
「中途で既にベーススキルあるから即戦力に!」「事務スキル高い!」など、
実績やスキルに目がいってしまいがちです。

でも。

例えば、、、
事務スキルが高い人を雇おうとした時。
一時的な案件対応で、一時的に社内の事務レベルを高めたい時にはピッタリですが、
長期的に見ると、事務スキルだけでの雇用は本当にハイリスクローリターンです。

だって、その人が事務スキルを発揮できる会社はごまんとある訳で、
働く本人にとって「この会社である意味」がないですもん。

皆さんは、今(自分が籍を置いている)「この会社」で働く意味を、感じてますか?
感じる為の努力をしていますか?

これからまた採用シーズンです。

私達の社風、ビジョン、考え方などをしっかり理解してもらえる機会を増やし、
また、
私達も、応募者の人柄、性格、考え方、特技などを知る機会を積極的に作り、

「人」が活きる、みんなが輝ける、その努力を各自が楽しくできる、
その為の入口となる採用をしていきたいと思います。

※逆求人に参加する学生用に上記のサポート行政書士法人が大事にしている”チーム力”についてインタビューした動画をアップしました。ブログと併せてご覧ください。

「言葉の力」


こんにちは!新宿オフィスの増野です。

絶好調の我がFチーム。
代表の鈴木さんから、「SG歴代最高チーム(かも)」と評価いただきました(^-^)ノ

私の中で、結構明確な「勝因」があります。
それは、「言葉」です。

どんな人のどんな言葉にも、必ず、力が宿っています。

それが、立場が強くなればなるほど(役員、上司、先輩、リーダーなど)、
発した本人は大して意識しなくても、自然と言葉の持つ力(影響力)が強くなっていきます。

勝手に、発言者の意図していない別の意味を持って、言葉が独り歩きすることも多いです。

逆に、他人の言葉に、気付かない内に大きな影響を受けている自分に驚くこともあります。

社会人になる前から、この「言葉の力」を、嫌という程実感してきました。

自分の言葉一つで、1人の人をダメにすることは、とても簡単。
自分の言葉一つで、1人の人生を台無しにすることも、とても簡単。

そう感じて、自分を戒めてきました。

でも最近は、逆に、この「言葉の力」を上手に(意識して)使うことで、
自分も含めた「人の状態」を調整できることを、確信しています。

例えば、新分野の案件が来た時に、リーダーである私がネガティブな発言をすれば、
一気にチーム内にその雰囲気が伝染します。本当に些細な一言も、伝染します。
一瞬にして、その案件は、チーム内の「ハズレ業務」になるでしょう。

案件をとった担当者は、役割を全うしたはずなのに微妙な雰囲気になり、
なぜか申し訳ない気持ちに襲われて、次の新分野に消極的になるでしょう。

実務を担当するメンバーは、自然と、その業務を嫌々こなすことになります。
こんな「やらせ仕事」、当然、大きな成果を残せる訳はなく、
うまくいくものもいかなくなる可能性が高く、報われない自分を嘆くことでしょう。

逆に、内心不安でドキドキハラハラの「げっ…」案件でも、
私が「いいの来たね~よーしみんな、やるよ!」とポジティブな言葉に変えれば、
その言葉が、皆に、そっくりそのまんま伝染していきます。
そして、圧倒的にうまく行く/良い効果がどんどん波及する可能性が、一気に高まります。

正直、内心どう思っていようが全然関係ないです。

どんな言葉にするか、どんな風に発信するかです。

そして、その言葉の力は、実際に言葉を発した自分自身にも、大きく影響を与えてきます。

この話は、何もリーダーだけでなく、全メンバーの「言葉」に共通して言えることです。

Fチームには、良い言葉を発するメンバーが多く、
お互いがその影響を受け合って、良い双乗効果を発している気がします。

思いやりも、優しさも、楽しさも、期待も、志も、
全部どんどん伝染して、新たな刺激となって自分の所に戻ってきて、
自分でも思ってもみなかった大きな影響を与えてもらっています。

こんなチーム、なかなかないんじゃないかな。
幸せです、私。

良い方向に進むイメージしか持てません!

皆さんも、ぜひ上手に「言葉の力」を使ってみて下さい。

例えば、朝出社した時、内心、寝不足でちょっともやもやしていたとしても、
元気いっぱいに明るい声で「おはようございます!」って言ってみて下さい。

全然違う1日が始まるはずです。

誰にも気づかれずに出社したり、
「お・・は・よ・・・(あと聞こえない笑)」なんて挨拶、もったいないですよ。

Let It Go!!(ありのまま)

新宿オフィスの増野です。

先日、Fチームの決起会で、
今年の新入社員の久保田さんが、面白いことを言っていました。

増野
「社会人になって、何が一番変わった?」

久保田
「自由になりました。考えていること、感じたことを素直にそのまま表現できて、やりたいことがやれて・・・ストレスがなくて、びっくりしています。」

社会人って、

「周りに無駄に気を遣ったり、したくないこともしないといけないし、
言いたいことも言えなくて、、、きっと、我慢の連続なんだろうなぁ。」

内心、そんな風に考えている学生の人も多いと思います。

そして、実際に、そんな環境に身を置いているビジネスマンも多いかもしれません。

 

私がSG(サポート行政書士法人)に巡り会えて本当に良かったと思うのは、
「ありのままの自分で仕事に臨める」環境を、与えてもらったことです。

私の周りのデキるビジネスマンは、
良い意味で、「Let It Go!!(ありのまま)」で仕事に臨んでいます。

仕事中でも、お腹をかかえて大笑いしたり、
お客さんと親友みたいに語り合ったり。

やりたい!と思うことがあれば、
すぐにサービスとして打ち出して、実現してみたり。

気になることがあれば、すぐに口にして、
社内ルールを変更したり、改善策を講じてみたり。

ちょっと疲れたら、思いっきり休んでパワーチャージしてみたり。

1人の人が持っているエンジンは限られています。
一度に使えるパワーも限られています。

やりたいことができない。
言いたいことがいえない。
納得いかないことも我慢するしかない。
空気を読んで、無駄でもやるしかない。 etc

ありのままの自分を隠したり、不自然に感情を抑えたり、
行動を無理に矯正しないといけない環境では、
そちらに気を取られたり、多かれ少なかれパワーを消耗するので、
自分のフルパワーを仕事に全力発揮することは難しくなります。

前職での私がまさにそう。
「職場での自分」を演じることに、無駄にパワーを使っていた気がします。

SGに入社して、デキるビジネスマンへの第1歩である「ありのままの自分」を発揮できるようになりました。
世界が変わりました。働き方が変わりました。

自由になりました。

緊張して委縮してしまいがちな新入社員の久保田さんにも、
そんな恵まれた環境を味わってもらえていると思うと、なんだかとても嬉しく、
また、早くにこの環境に出会えたことが羨ましくもある増野でした。

「成功を反省する(振り返る)」

こんにちは、増野です。
最近、チーム運営に際して、「(悪い所よりも)人の良い所に着目する」「得意を伸ばす」ことを意識しています。

私自身、新人の頃「これもダメ、あれもダメ」とダメな所に重きを置いた指導を受けた時、
どんどん自信がなくなり、言動が萎縮し、チャレンジができなくなり、
得意なことさえもできなくなる…という経験をしたことがあります。

一方で。

「ストレス耐性が強い/瞬発力がある/ハートを掴むのがうまい、
だから、○○営業がうまい」みたいに、私の良い所にフォーカスした指導を受けた時は、
自信に満ち、失敗をも楽しむ余裕があり…

結果、得意が益々際立った上、
苦手なことがいつの間にか解消されていたという経験があります。

人は、ダメな所にフォーカスされるよりも、良い所にフォーカスされた環境の方が、
圧倒的に成長すると、実体験を通じて感じています。

皆さんも、ひたすらダメ出しばかりされるよりも、しっかり褒めてもらった方が、
良い成長サイクルに乗れると感じていると思います。(バランスも大事ですが)

それなのに。

面白いことに、 人間って、本当に謙虚で反省好きな生き物なんですね。

新規面談後など、何かフィードバックをする時に、
まずは自分で「良かった所と悪かった所」を挙げてもらうようにしていますが、

やー、皆、悪い所や反省点はたーっくさん挙げられるのに、
良い所って全然出てこないんです(笑)

つい先日、尊敬する先輩から、
「失敗ではなく、成功こそ反省する」ことの重要性を教わりました。

〈うまくいったこと、成功したこと〉こそ、しっかり振り返り、
〈何が良かったのか、何故できたのか〉の勝因分析をしておかないと、
「再現性」がなくなって、たまたま1回だけ上手くいった人で終わってしまうから重要だと。

そんなの嫌だー! 残念な人になりたくなーい。

直感人間の私の場合、
勝因分析がしっかりできていないことは結構多い気がします。

とゆうことで、チームだけでなく、
自分自身についても、もっと良い所を探してみようと思う増野でした。

自立


「まだ入ったばっかりなので…」
「やったことがないので…」

「分からない」「できない」ことの言い訳として、耳にするこの言葉。

例えば、自分の部下からこの言葉が出てきた時、皆さんならどう応えますか。

ある人は、こう言って、最初の「型」を一から十まで教えてあげるかもしれません。
「そうだよね。初めてだもんね。最初は、一通り教えるね。」

またある人は、こう言って、「可愛い子に無茶な旅」をさせるかもしれません。
「そんな言い訳通用しない。自分で調べろ。とにかくやれ。」

仕事の内容や相手の素質によっては、このどちらかが適している場合もあるかもしれません。

しかし。

こと新入社員などの比較的若いメンバーの育成においては、
いずれの対応も不向きであることが多いと、実感しています。

かなり「熱い」タイプの私は、縁あってSGで一緒に働くメンバーには、
「自分で考え、自分で判断し、自分で道を切り拓いていける人財になってほしい」と、
結構、いやかなり、心から思っています。

士業なんて狭い世界でなく、世界のグローバルな市場で、
価値ある人財/選ばれる人財であり続けてほしいと思っています。

その為には、「自ら考える力」と「挑戦する勇気」が重要だと感じます。
※「挑戦する勇気」を持つには、「自信」と「(周囲や環境への)信頼と思いやり」が必要!

一から十まで「型」を教えてしまうのは、実はものすごく簡単です。

でも、全部を教えてしまうことで、相手の「考える力」はサボり続け、
教えてくれる人がいない時や、ちょっとパターンが違う応用編が出てきた時に、
自ら気づき、考え、判断し、行動することができない人材になってしまう可能性があります。

「考える力」が腐った人材になってしまいます。

全部丸投げも、相手の責任感を醸成し、主体的に関わらせる意味で大事な面もあります。

でも、こと新入社員の場合は、自分のバランスを保つことにまだ不慣れなケースが多く、
あまりにも大きな課題を丸投げされた場合、手当り次第色々やってみるも何も成果がでず、
精神的に追い込まれてしまったり、何をしていいか分からず迷宮入りしてしまったり、
不適切な手を打って事故ったりして、バランスを崩してしまう可能性があります。

自信がなく、失敗を恐れ、周りを信頼できず、(余裕がなく)他人の為に動けない、
「挑戦する勇気」を持てない人材になってしまいます。

どちらのケースにも足りていないことは、
「小さな階段をいくつも準備してあげること」だと、過去の数々の実体験を通じて感じます。

「まだ入ったばっかりなので…」
「やったことがないので…」

このフレーズが出てきた時、私の中での慎重な「戦い」が始まります。

今まで失敗も多かった分、慎重に言葉を選んで、
相手の反応をよく観察しながら、たくさん質問を投げかけるようにしています。

「たとえば、どんなやり方があると思う?」
「何が分かれば、進められそう?」
「それをわかる為には、どうしたらいい?どこに情報がありそう?」
「どうやったら、うまくいくと思う?」
「じゃあ、大学のサークルだったら、こういう時、どうしてた?」
「●●か××ならどっちの方がいいと思う?それは何で?」
「他に方法あるかな?」
「もしも、うまくいかないとしたら、どこが問題点になりそう?」  etc

こういう質問をいくつも投げかけ、答えられる質問をどんどん探していくと、
最初は言葉につまっていた相手の口から意見がぽつぽつと出始めていきます。

この間、私の中で「戦い」が起きています。
自分自身が自分の持っている答えに固執した質問をしないよう、
答えを言ってしまわないよう(相手の可能性の芽をづぶさないよう)、我慢の連続です。

そして、出てきた意見を実際に行動に移してもらい、PDCAを回していくと、
最終的に、新人ならではの(業界慣習に囚われない)斬新な方法やアイデアが出てくることが
多々あります。

そんな斬新な方法やアイデアがきっかけで、これまでの弊社の古いやり方が改善されたり、
ガラッと方法が変更になったりする場面を、今まで何度も見てきました。

こちらはただ質問をしているだけで、答えを出しているのは、全部その新入社員。

新入社員が入社時点で「すでに持っているもの」で、会社を変えることができるんです。

このやり取りを何回も繰り返していく内に、
この前まで「やったことがないので…」と言っていた新人が、
自分なりの考えをもって相談に来るようになります。

質問を先読みして、しっかり受け答えができるようになっていきます。
どんな課題にも、自分で小さなステップをいくつも作って、自分で登りはじめます。
1つ上手くいくと、どんどん他のケースに応用して、周りを巻き込んで、
声に力が入り、顔が自信に溢れていきます。
(本人は気づかないけど、近くにいると一目瞭然!)

こういう場面を目の前にした時、私は、心底わくわくします。

相手の変化が、たまらなく嬉しいということもありますし、
「SGにまた自家発電できる自立因子が生まれた!」
「きっと私も思いつかないような発想を展開してくれる!」
そう思うと、わくわくしてたまらないんです。

「三つ子の魂百まで」と言います。
私自身そうであるように、
社会人としての基礎は入社1~3年目の過ごし方や環境で決まってくると思います。

4月1日は、SG『入社式』。

皆の前で話をするチャンスをいただきました。

熱苦しい先輩だと思われても(笑)、しっかり自分の言葉を伝えてきたいと思います。

そして、今のチームを、新人誰もが憧れる「人財輩出チーム」にすべく、
「デキるSGメンバーの登竜門的な存在」にすべく、
1人1人としっかり向き合って、人が自立する「仕組み」を作っていきたいと思います。

たかが語学、されど語学。

こんばんは。
新宿オフィスの増野です。

私が入社した約6年前、弊社の外国人従業員数はほぼゼロでした。

今、新宿オフィスにいる従業員の約半分が、外国籍です。
毎日、中国語、英語、韓国語等、色々が言語が飛び交っています。

私の中で、無意識の内にあった日本人と外国人の区別も全くなくなりました。
「何ヶ国語も話せるってすごい!」という、語学神話も一切なくなりました。

確かに、語学ができることは、大きな強みの1つです。

ただ、語学は、自分の意思や考えを伝えるツールの1つに過ぎません。

結局、伝える内容を考えるのは、自分自身です。
自分自身の思考力を駆使して、考え抜くしかありません。

伝え方も、そう。

相手への関心や思いやりをもって、アンテナ高く、
コミュニケーション力(聞く力、伝える力、プレゼン力等)を駆使して、
自分で、伝え方(順番や話し方等)をアレンジしないと、伝わるものも伝わりません。

結局、語学ができるだけでは、今の世界じゃ使いものにならないのです。

弊社には、本当に優秀な外国人社員が多く、
彼ら/彼女らが、良い意味で、私の固定観念をぶち壊してくれました。

「外国人社員には、許認可対応や日本の大企業対応って難しいんじゃないか…」
「日本人社員でも難しい金融分野に、いきなり英語で入るなんて無理じゃないか…」

全部、私の思い込みでした。

日本人社員にレクチャーする時よりも、よっぽど理解が早いです。

人間関係もフラットに築けるので、歯に衣着せずに意見が言いあえて、気が楽です。
私に合っています。

仕事も、良い意味でラフに、そして素直に取り組んでくれるので、
変な日本人の方と仕事をするよりも、よっぽど仕事がしやすいです。

世界の労働市場には、こんなデキる若手が山ほどいるのか…

そう思うと、最近若干チンタラしていた私の血が、めっちゃ騒ぎます。笑

「語学は、何かを伝える為のツールの1つに過ぎない」。

上でそう書きましたが、
誰よりも語学をマジ武器に追加したいと思っているのは、この私めでございます。

考える力には、自信があります。でも、語学力が足りません。

語学の武器が身につけば、もっともっともーっとたくさんのクライアントに、
例の良い話を教えてあげることができます。

そして、「でかい仕事がしたい!」私にとっては、
国をまたいでもっと大きな仕事ができるチャンスが増えます。

・・・もう何回目でしょう。

今年に入って、人生35回目位の英語の勉強を再開しました。笑

見てろ。ダイバーシティを体現します!!

経験から学ぶ

おはようございます、増野です。

「増野さんって、いつも元気で風邪とは無縁そうだよね!」と、
今月に入って3人のクライアントに言われた私も、遂に風邪でダウン。
バカじゃなかったみたいです(笑)

何よりも、体が資本。
皆さんもお気をつけ下さい。

さて。
最近、「できる社会人の共通点」をまた1つ見つけました。

それは、「経験から多くを学ぶことができる」ということ。

それも、自分の経験だけでなく、上司部下、家族など他人の経験もうまく疑似体験し、
そこから、自分の行動を変える何かを学び、試し、自分のルールを増やし…
そうやって成長を繰り返しているということ。

社会人になるまでの学び・成長は、
先生から○○を学ぶ、ゼミで○○について考える等、
基本的に正解が準備されている「知識」の習得を通じて生まれることが多かったです。

一方で、社会人になってからの学び・成長は、
ほとんどが日々の仕事などの「経験」と「思考」を通じて生まれることが多いです。

経験には、万人共通の正解はなく、
私の周りのできる人は、「起きていることが事実」として、
自分や他人が経験した事実から、考え、自分なりの公式を導き出して、試して、
自分のモノにして…そうやって自分の行動と結果に再現性をもたせています。

良い経験は何度も繰り返し起きるような、悪い経験は二度と起きないような、
その為に必要な判断と行動を、変わらずいつでもできる…
そんな羨ましい仕組みが自分の中に出来上がっています。

学生時代に知識的学習でダントツだった人も、
社会に出て、経験的学習で周りに差をつけられて輝きを失ってしまうこと、結構多いです。
知識に頼りすぎて、経験から学ぶことをしなかった場合に、こうなっている気がします。

日々の生活は「選択の連続」です。
できる人を観察していると、そういった経験からの学びを重ねることで、
1回1回の「選択」の精度がどんどんどんどん高くなっていっていることに気づかされます。

間違った選択をしても、その経験がまたその人の血肉となって、
次の選択の時の選択肢と検討材料が増え、どんどん精度が上がっていきます。

そして、できる人がどんどんできるようになっていくんです\(^o^)/

「できるまでやればできる!」

そんな人達を見ていると、この言葉が全く無謀じゃなく、当然に思えてきます。

自分自身を振り返ってみると、どうでしょう。

私の場合、他人の経験からの学びが少ないことに気づきました。

で、先日、個人的に参加している勉強会で、
会話や本などで仕入れた他人の経験を自分の行動に転嫁する為の方法を教わってきました!

他人が何年も何十年も時間とお金と苦労をかけて経験したことを
カミングアウトしてもらうことで、
私達は、貴重な疑似体験をさせてもらうことができます。
しかも、時間もお金も苦労も大幅に圧縮して。

これってすごいことですね。お得過ぎますね。

実体験に勝る経験はありませんが、
限られた時間をもっと有意義に活用できるように、
自分だけでなく他人の経験にもアンテナをはっていきます。

乞うご期待!(^-^)ノ

今年の漢字 『始』

社会人になってから、毎年この時期になると、
一年を振り返って、自分にとってどんな年だったかを漢字一文字で表すようにしています。

社会人になってからの私の漢字年表はこんな感じです。

2006年、『新』
2007年、『実』
2008年、『迷』
2009年、『信』
2010年、『導』
2011年、『耐』
2012年、『省』

この漢字一文字を見ると、それぞれの年に起きた出来事や感じていたことが、
ついこの間のことのように思い出されるから不思議です。

そして、今年。
私の2013年を漢字一文字で表すと…

『始』です。

仕事では、入社時から見守ってきた社員の卒業や産休を経て、新チームが発足。
新卒社員や内定者もいるピチピチチームです。

業務分野としても、今までの業務の集大成ともいえる、
許認可一括管理や金融顧問、内部監査業務が本格始動。

プライベートでは、
結婚をして家族ができ、「増野佐智子」がスタート。

生まれてこの方実家暮らしだった私が、家を出て、2人暮らしを開始。

実家の家族とも、新しい関係がスタート。
いつも一緒にいた頃よりも、両親や兄のことを気にかける時間が増え、
一緒に過ごせる時間を大切にすることができています。

また、法人向けの風水ビルを建てるという夢を叶える為、
本格的に不動産と風水の勉強を始め、資格も取りました。

さらに、小学校の同窓会など、
なかなか顔を出せていなかった集まりに積極的に参加し、
20年以上の時を超えて、また新しい関係がスタートしました。

とにかく、多方面で、新しい何かが始まる1年でした。

そして…
私にとって「勝負の年」である、30代がスタートした年でもあります。

20代までは、若さ・勢い・可能性だけで与えてもらえるチャンスがたくさんありました。

でも30代からは、ちょっと違います。
実力を試される時期で、誤魔化しようのない実力が露呈しはじめて、
同期の間の実力差も一気に開く時です。

しかも、その差に気づきづらくて、
40歳を迎えてふと周りを見渡した時には、
だいぶ挽回が厳しい差の種/きっかけができていた時期がこの30代…らしいです。

そして、良くも悪くも、その後(40代~)に続く、生活のリズムや癖ができやすい時です。

例えば…
20代で努力してた人も、30代で怠けたら、40代以降は怠け癖の方が強く出ちゃう。
30代で、家庭は二の次的な家族関係になると、40代以降もなんとなく家庭は二の次のままいきがち。

等々。

人間って、年を重ねれば重ねる程、
「変化」への免疫が落ちてきて、
無意識の内に、変化が求められる道は選ばなくなってしまう、
というか事実として、選びづらい環境になっていきます。

確かに、自分が変化する時って、
エネルギー使うし、時間を割くし、
家族はもちろん、会社や顧客にも影響する可能性があるし…

まだ色んな意味で身軽な20代30代の方が、変化を受け入れやすい環境にあります。

そんなスタートラインに、今私はたっています。

今後も人生を通じて継続していきたい良い癖やリズムを、
30代の内にしっかり自分のものにしていこうと、改めて決意しました。

そんな30代、最初に読み終えた本は、
堀江貴文著『ゼロ~なにもない自分に小さなイチを足していく~』でした。

私、まさにこのタイトル通りの気分です。

20代までの自分を一旦リセットして、
またスタート地点から、少しずつ積み上げていきます。

自分に「ふさわしい」こと

私が愛して止まない、京都『鈴虫寺(華厳寺)』。

一年中、鈴虫が綺麗な羽音を奏でてくれるこのお寺の「幸福地蔵サン」は、
日本で唯一「ワラジをはいた」お地蔵サンとして有名です。

なぜ、ワラジ…

それは、お地蔵サンが自らの足で歩いて、皆の願い事を叶えに来てくれるから。

普通は、祈願者からお寺に出向いてお祈りをするので、お地蔵サンは歩く必要がない。
なので、裸足です。

でも、この幸福地蔵サンは、救いの手を差し伸べる為に、自分の足で歩いて歩いて歩いて…
願い事を叶えに来てくれる、なんとも健気なお地蔵サン(^з^)-☆

このお寺で学んだ言葉があります。

それは、「ふさわしい」という言葉。

鈴虫寺で説かれる鈴虫説法によると、
幸福地蔵サンは、いつも1つだけ願い事を叶えてくれるそうな。

でも・・

「キムタクと結婚した~い」

非現実的な願い事は無理ですって、住職がハッキリ言ってました(笑)

また、

「○○よ、不幸になれ~」

幸せを運ぶお地蔵サンに、(自分も含めて)誰かの不幸をお願いしてもダメ。

また、

「高学歴高収入高伸長、小栗旬似のイケメン…そんな男性と付き合えますように」

自分にふさわしくない相手を選んでも結局幸せになれないので、
お地蔵サンも叶えてあげられないらしい。 

そこで、鈴虫寺の住職さんは、出会いを求めている人には、
こうお願いするように伝えています。

「自分にふさわしい人とお付き合いできますように」

私が初めて鈴虫寺に行ったのは、大学生の時でした。

今以上に前のめりで未熟過ぎた当時の私にとって、「ふさわしい」という言葉は、
嫌いな響きでした。

なんだか「身の丈にあった」「自分の(低い)レベルをわきまえた」願いしか
持っちゃいけないように聞こえ、自分が自分に限界を設けたような気持ちになり、
共感できませんでした。

ひねくれもんだなー、私(笑)

でも、何度か鈴虫寺に足を運び、住職の説法を繰り返し聞く内に、
だんだんと「ふさわしい」の意味が、頭じゃなくて体で理解できてきた私。

「ふさわしい」って実は答えのないもので、
自分自身の状態によって、その意味が変幻自在に変わる言葉です。

全く同じ事実でも、ある時には自分にとってふさわしく思えるし、
またある時には、全くふさわしくなくも思える。

つまり、受け手である自分の状態次第で、
ふさわしいかどうかの答えがコロコロ変わるんです。

それなのに、人はよく「自分にふさわしい相手なのか?」
「本当に自分にふさわしい仕事なのか?」と、
ふさわしいかどうかの判断を、ひたすら自問し、答えを求めます。

自分の状態がアンバランスな時は、
どんなに恵まれた環境でも「(自分にとって)ふさわしくない」を支える材料が目につき、
自分には「ふさわしくない」と結論づけます。

逆に、自分の状態がバランスがとれている時は、
どんなに苦しい環境でも「(自分にとって)ふさわしい」を支える材料に目がつき、
自分に「ふさわしい」と結論づけます。

結局は、本当に大事なのは、「ふさわしいかどうか」ではなく、
自分が「ふさわしいと思えるかどうか」だと気づきました。

じゃあ、どんな時にふさわしいと思えるか…

私は、自分自身が幸せなら/満たされているなら、
色んなことが自分にとってふさわしく思える、そんな気がしています。

ふさわしいものを選んだから幸せなのではなく、
幸せだからふさわしく思えるのです。

達成感、充実感、やりがい、愛、思いやりetc そういった気持ちに満たされている時、
幸せな時、人に余裕が生まれ、自分自身のバランスが良い具合に取れて、
色々なことを肯定的に受け止めるようになります。

結局、幸福地蔵サンは、
私達が「自分にふさわしい!」と肯定的に受け止められる「満たされた状態」にあることを
願ってくれていた訳です。

今、公私共に色々なことが押し寄せて来ていて、
正直結構いっぱいいっぱいです。

でも、私にとって「ふさわしい」環境だと今思えているのは、
やはり家族のおかげで日々幸せを感じていられるからだと、実感します。

特に、一緒に暮らす彼は、私にとって、父、母、兄、先輩、同僚、後輩、メンター、
先生、生徒、彼氏、友達etc 色々な役回りをしてくれています。

おかげで、今、家では、毎日笑いと発見と学びと癒しと感動がたくさんあって楽しく、
満たされていて、色々なものが、自分にとって「ふさわしい」と思え、
頑張るパワーが生まれています。

幸せの基準は、人それぞれです。

小さな幸せに敏感に、上手に自分自身をコントロールし、
どんな場所にいてもしっかり花を咲かせることができる自力ある人でありたいです。

仕事を通じて得られるもの。

私達が「仕事を通じて得られるもの(報酬)」は、
お金/知識/経験/スキル/立場/責任/評価/度胸/
達成感/やりがい/環境/成長/仲間/感謝etc 、
多岐に渡ります。

一番クローズアップされやすいのは、給与や賞与などの「お金」です。

確かに数値的に換算されるお金という報酬は、
多い少ないが一目瞭然で比較・判断でき、
多くもらえればそれだけ評価されたと感じ、もっと頑張ろうという動機にもつながります。

ただ、給与や賞与などの金銭的報酬は、
従業員にとって不満の原因になりやすい割に、
仮に納得の金額を得られたとしても、「満足」として継続することは難しいことが多いです。

例えば、年収500万円もらったら、年収600万円欲しくなる。
年収600万円もらっても、他人がもっと稼いでいたらもっと欲しくなる。

一瞬不満が解消されても、それって「満足」にはなかなかならないんですね。
そもそも多くの人が、会社への実質的な貢献以上の金銭的報酬を期待している不条理も。

人間って、なんとも欲張りな生き物です。笑

私が、仕事を通じて得られる報酬として重視している要素は、
お金に換算できないものが結構多いです。

特に重視しているのは、「成長」です。

いつでも、どんな環境にいても、他人に「とって代わられない自分」でいる為には、
やっぱり、昨日の自分と比べて今日の自分が確実に成長している実感が欲しいところです。

この成長を実現する上で大きく貢献してくれるのが、
「立場/権限/責任」です。

私自身、今の「立場」という報酬をもらって、
その立場の中で「権限」「責任」という報酬もどんどん増え、
そして人生が一気に前に進んだ気がします。

立場が変わると、びっくりする位、仕事がしやすくなります。

社内外のキーパーソンと深い話ができる機会が増え、質の高い情報という武器が増え、
自分のしたいことをしようとする時に引けるカードが一気に増えました。
良い意味で自分のペースを守って仕事をすることができ、
余計なことに気を紛らわすことなく、大事なことに意識を集中できる環境になりました。

すると、今まで見えなかったものが見えてきたり、気付くことができたり、
相手から引き出せたりするようになりました。

そう、気が付いたら自分が成長していたんです。

そして、もっと成長する機会が増えていました。

会社は、「これらの報酬を手にする機会を与える続けること」に大きな存在意義があると、
最近よく感じます。
この報酬をきっかけに、人が成長するからです。

最近読んだ本に、
<キャリアとは、これらの報酬をもらい続けることであり、
たくさん報酬をもらえれば、それだけキャリアが前進する>と、書かれていました。

そして、<これらの報酬は、知ると体験するとでは大きな違いがあり、
その価値は受け取った人にしか分からない>とも。

全く共感です。私自身がそうだったから。

ぜひ、1人でも多くの人に、1つでも多くの報酬を受け取ってほしいと思います。

そんな私も、まだまだ手に入れていない報酬がたくさんあります。
もっともっと報酬をもらえるように日々邁進あるのみ。

「幸せ」に気づくこと

こんにちは、大手町オフィスの増野です。

先日、来春から就職を控えた現役大学生の子から、こんな質問を受けました。
「大きなピンチやプレッシャーを乗り越えるには、どうしたらいいですか」

日々必死に仕事をしていると、
ここ一番のピンチやプレッシャーに押しつぶされそうになる場面が、必ずやってきます。
そんな時、私は決まってこう考えるようにしています。

『死ぬ訳じゃない。』

考えてもみて下さい。

例えば、戦国時代。
戦国時代の武将達は、偉くなればなる程、資産を持てば持つ程、
常に誰かしらに命を狙われていました。

籠で移動する時には、いつ道中で誰に襲われるか知れず、
また、信頼して道先案内を任せた家臣に裏切られ、
急に籠に刀が刺し込まれることもありました。

いつも通り運ばれてきた料理を口にした毒見役が、
目の前で泡をふいて倒れる場面を目の当たりにすることもありました。

今よりもうんと長かった真っ暗な夜の時間には、
常に見張り番をつけ、いつ狙われても対抗できるように、刀とともに床につき、
それでも、刺客が入ったり、心を許した嫁や女刺客に命を取られることもありました。

今の時代はどうでしょう。

移動中の電車では、たくさんの人が緩みまくった顔つきで、無駄に時間をつぶしています。
仕事が終わると、好きな人と好きな所で好きな時間を過ごし、
スーパーに足を運べば、いつでも色んな所で新鮮な食材を仕入れることができます。
街には美味しい飲食店が並んで、選択に悩むことも多いです。
夜は、命の危険を感じることなく、無防備に、ぐっすり眠ることができます。

なんて、なんて、なんて幸せな時代なんでしょう。笑

時代を、現代に移してみても…

食事もろくに与えられずに、餓死してしまう子。
強制的に戦争に行かされ、人を殺し、自分の命をも失ってしまう人。
突然のテロに巻き込まれ、何も分からないまま、命を失ってしまう人。
原因不明の難病におかされ、余命を告げられても、何も手をうつことができない人。

世の中には、色々な人がいます。

朝起きたら、ちゃんと目があいて、自分の思い通りに体が動いて、
住む家があって、家族や友人がいて、食事があって、楽しい会話があって、
仕事があって、電車が動いていて…

私達にとって、そんな当たり前の毎日が、
当たり前でなかった時代、今もなお当たり前でない人達が、世界にはたくさんいるんです。

私がピンチに追い込まれた時、そういう時代/そういう人達に想いを馳せると、
自分の中から、決まってこんな言葉が聞こえてきます。

~ピンチピンチって、全然ピンチじゃないでしょ。
 だって、失敗したとしても、命取られる訳でもないじゃん。
 だったら、精一杯思いつく限り/出来る限りのチャレンジしてみろよ。
 しないなら、その恵まれた毎日/機会を、恵まれなかった人達に譲るべきでしょ。~

そう考えると、「やるっきゃない!」と腹をくくることができます。
与えられた機会を最大限に活かすための工夫がたくさん頭に浮び、努力できます。

私って、そんな人間です。笑

私達の毎日は、自分達が思っている以上に恵まれています。たぶん、幸せ過ぎています。

それなのに、人は、幸せ慣れをしてだんだんと幸せに気づかなくなり、
加えて、余裕がなくなると自分の不幸せに思える要素ばかりに目が行きがちだったりします。

日々、恵まれている幸せを実感し、周りに感謝し、
恵まれた機会/環境を与えられた責任を、しっかり果たせる人でありたいと、
心から思う増野でした。

『生まれ変わる』

こんにちは。
小関改め、増野 佐智子です!

先日入籍をして、姓が変わりました。

大学生の頃、憲法ゼミで夫婦別姓を声高にうたっていた私ですが、、、
好きな人と同じ名字になるって、良いものですね(笑)

なんだか、新しく生まれ変わったような感覚です。
しかも、バージョンアップをして。

自分で「変わろう」「変わりたい」と思って内発的に変わる時は、
時間と労力を費やした割に、自分の中の葛藤が邪魔をしがちで、
変化を自覚するのに時間がかかったりします。

一方で、名前や生活環境などの外的要素の変化からくる外発的な変化は、
良くも悪くも、驚くほど短時間かつ直球で、自分自身の変化に貢献してくれます。

これは、結婚して姓や環境が変わることの特権かもしれません。

年齢を重ねると、自分が変わることへのエンジンが枯渇しがちです。

こうゆう「変わるチャンス」を上手に活用して、
どんどんバージョンアップしていきたいです\(^o^)/

とある経営者の方が言っていました。

~(以下、要約です。)~

本気でうまくいきたいことがあったら、運気をも味方につけないともったいない。
うまくいかなかった時に、「あーやっぱり時期が良くなかった」等、
自分以外に言い訳を見つけられる環境は絶対に作らないこと。
そうやって自分自身を追い込んで、常に原因を自分の中に見つけることが大事。

本当にその通りだと思います。

私達が入籍した5月5日(ゴーゴーの日)は、
私達2人にとって、15年に一度の〈大きな決断に良い日〉だそうです。
(情報源が気になる方は私まで(笑))

15年に1度の、最高に運気が良い日を選びました。

これで、今後どんな問題が生じても「やっぱり時期が悪かった/運が悪かった」の言い訳は一切無しで、
全部自分のせいと受け止めて、自分自身に原因を見つけて改善して前に進んでいけそうです。

『AKB48から学ぶこと』

こんにちは、大手町オフィスの小関です。

最近、AKB48から『成功するチーム作り』のヒント集めをしています。

私の中での「成功する」とは、「成績(実績)を残して高い評価を獲得する」こと。

AKB48の映画『DOCUMENTARY of AKB48』
~No flower without rain 少女たちは涙の後に何を見る?~』にも、
成功する為のヒントがたくさん詰まっていました。(内容は別にして…笑)

例えば、こんな要素。

●秋元氏の夢・ゴールの設定&更新の仕方
→秋元氏が、独断で「東京ドーム公演」の夢を設定。リーダーシップ。進むレールのひき方。

●設定したゴールのメンバーへの刷り込み
→秋元氏が設定した「東京ドーム公演」の夢が、いつしかメンバーの夢になっている。

●スモールステップで成功体験を積ませる
→日々のAKB劇場で、公演の成功体験をたくさん積ませる。たくさん失敗できる場を用意する。
 いつしか、量が質に転換していく。

●ルールの徹底、それによる特別感・プロ意識の醸成
→「アイドルは恋をしてはいけない」というある意味現実離れしたルールの徹底。
 特別なルールによる、特別感・プロ意識の自覚を醸成している。

●覚悟の確認/自分で決めさせる
→進退含め、やるかやらないかは、自分で決めさせる。
うまくいってもいかなくても、結果について自分で責任をとるしかない環境にしている。
 自分が原因。

●危機感の植え付け
→自ら夢・道を断たざるを得なくなったメンバーの姿や声を、
 残った継続メンバーに直に見せつけることで、危機感を植え付ける。

●チャンスの作り方
→役職、所属、経歴関係なく、一律優勝者にビッグチャンスが与えられるじゃんけん大会。

●師弟制度(強い先輩後輩意識)、社内に憧れの存在がいること
→「こうなりたい!」という目標・夢が、身近にいる。
 具体的に鮮明に、自分の将来や夢が実現した姿がイメージできる環境。

●地道な下積み期間
 

この中でも、「自分で決める」ことの大事さを、最近よく感じます。

自分で決めないで何かを強制された場合、
うまくいかなかった時って、決まって自分以外の何かのせいにしてしまいがちです。

「やっぱりあの異動がよくなかった。」
「異動を決めた●●は、私の状況を全然理解してくれていない。」
「環境が良くなかった。時期が悪かった。」
「だから、やりたくないって言ったのに。反対したのに。」

うまくいった時は、
「私よく頑張った!」って、ちゃんと自分のせいにできるんですよね。笑

でもその場合でも、自分で決めずに何かをした時は、
たいていその過程で責任感が不足していたり、関わり方が主体的でないので、
再現性がなく、せっかくの成功体験もリプレイできなかったりします。

周りがどんなにハッパをかけようが、アドバイスをしようが、
やるかやらないかは、当人しか決めようがありません。

やるのか、やらないのか。
いくのか、いかないのか。
するのか、しないのか。

自分で決めよう!

『天使の発想』

こんばんは。大手町オフィスの小関です。 

 
常識にとらわれない子供の自由な発想には、いつも驚かされます。

今朝もそう。

電車内でこんなアナウンスが流れた時のことです。
「車内混雑の為、5分遅れで到着しま~す」

満員電車で大人に押し潰されていた小学生(たぶん1~2年生)の男の子が、
大人の隙間から目をキラキラ輝かせながら、母親に話しかけました。

「ママ~!なんで混むと電車が遅れるの?なんでなんでー?」

ママは、人混みから息子を守るのに必死で、それどころじゃない。
すごい姿勢で耐えてました(笑)

すると、その子は一人黙りこんで考え始めました。
そして、閃いたらしい。

「・・そっか!」

「混むと電車が重くなるから、遅くなるんだ!」

正直、全く違う「正解」を想定していた私にとって、この「正解」は衝撃でした。

でも、その母親は言いました。

「何言ってんの。違うわよ。」

「人がたくさんいると、乗り降りに時間がかかるでしょ。だから電車が遅れるの。」

その子は、母親のことを天才でも見ているような眼差しで見つめながら、
一言嬉しそうにつぶやきました。

「そっかぁ!本当だ。ママすごい!!\(^o^)/」

いやいや、すごいのは君だよ君! 

大人になると、身に付いた世の中の常識や知識を基準に、自分でも意識しない内に、
「ただ1つの正解」を勝手に作り出してしまいがちです。

しかも、1つの正解に辿り着いたことに安心して、
考えることを止めてしまいがちです。答えは1つじゃないのに。

そうやって、どんどん発想が縮小していきます。
どんどん可能性が狭まっていきます。

価値観もそうです。

まるで自分の価値観がただ1つの正解であるような錯覚に陥り、
違う価値観を理解することができなかったり、最初から批判的な目線でしか見れなかったり、
価値観が同じ人同士で集まりがちだったりします。

そうやって、どんどん価値観が凝り固まっていきます。
どんどん可能性が狭まっていきます。

子供の頃はそんなことなかったのに。

子供の頃の、世の中の常識や世間体、見栄にとらわれない自由な発想は、
いくつになっても持ち続けていたいものです。

そんなことを考えながら電車に揺られ、思い出した言葉があります。
私の大好きなアニメ『アンパンマン』の作者・やなせたかし氏の言葉です。

『正義って相手を倒すことじゃないんですよ。
 アンパンマンもバイキンマンを殺したりしないでしょ。
 だってバイキンマンにはバイキンマンなりの正義を持っているかも知れないから。』
 (名言ナビより引用)

そうなんですよね。

アンパンマンもバイキンマンもお互いの存在とお互いの価値を受け入れていて、
まさに、お互いがいるから自分が活きる関係と言えます。

バイキンマンの価値観が誰かに迷惑をかけたり傷つけたりする時にだけ、
アンパンマンがストップにかかる。

このやなせたかし氏の言葉を見る度に、
アンパンマンのような大人でありたいと思う小関でした。