カテゴリー別アーカイブ: 清水侑

「ネットワーク型」とコミュニケーション

秋葉原オフィスの清水です。

今日は、私が入社以来感じている当社の組織の特徴について書きたいと思います。

まず、一般的な会社の組織はいわゆる「縦割り型」が多いように思います。社長がいて、その下に各部門のトップがいて、その下にマネジャーや平社員がいて、という形です。

一方、当社の組織がどうなっているかというと、縦割りではなく、社長を中心に各社員が網の目のように繋がっています。各社員はそれぞれがそれぞれと繋がっています。在留資格や許認可などの業務ごとにチームを組んでいる箇所は、その繋がりが強い状態です。このブログではこのような組織のあり方を便宜上、「ネットワーク型」と呼びます。

そして、この「ネットワーク型」は、インターネットのネットワークと同じ構造でああるため、その特徴もインターネットのネットワークと同じになってきます。インターネットでは個々の利用者が網の目のようにつながっているため、例えばある利用者が繋がらなくなったとしても、ネットワーク自体は生き続けます。これが、もし誰かがネットワークの中央管理者であった場合、その管理者がダウンすると、すべてのネットワークが潰れてしまうという大惨事になるため、それを避ける構造になっているのです。

当社の組織もそれと同じような特徴を持っていると思っています。例えば誰かが長期で休みを取らざるをえなくなっても(ネットワークの一つがダウンしても)、その人と繋がっている他の社員がフォローできたり、仕事を引き継ぐことが可能になります(ネットワークが生き続ける)。組織とは結局人の集まりなので、人に何らかの問題があっても潰れにくい強みがあります。

「ネットワーク型」の根幹は繋がりにあるため、繋がりが強い箇所では仕事の上でも円滑に進むことが多く、また互いにフォローし合うことが簡単になります。逆に、組織として繋がりが弱くなる(コミュニケーションをとらない)と、「ネットワーク型」の組織は立ち行くかなくなってしまうということが容易に想像できます。

そのため結論として、とにもかくにもつながりを強くすること、つまり社員間のコミュニケーションの量と質を高めることが、「ネットワーク型」の組織のリスクを減らし、より強靭にするために必要だ、ということになります。平たく言えば、仲良い人とも、そうでない人とも、もっと良く話しましょう、ということですね。

結果だけでなく、意図を汲む

数日前に観たバラエティ番組で、
我々の生活や仕事に活かせる言葉の掛け方を
見つけました。

番組は1億人の大質問!?笑ってコラえて!」。
所さんのやつです。

日本人の女性パティシエが、本場パリで自分の店を出す様子が

描かれてました。

店を出す直前、彼女は、過去に修行をしていた
店のパティシエの所に、数年ぶりに会いに行きます。
その店のパティシエは有名な人で、
著名なコンテストで入賞経験もあり、

彼女の師匠の一人とも言える存在です。

そのパティシエの前で彼女は、
自分のオリジナルチョコの箱を開け、試食をしてもらいます。

彼女の顔に緊張が走り、
番組を観てる側にもその緊張感が伝わってきます。

まず、パティシエはチョコを口にして、
「美味しい」と言いました。

ホッとする彼女。表情に安心感が広がります。

そして、パティシエはチョコを次々食べながら言葉を重ねます。


「このチョコは、山椒いれてるね」

「君は、◯◯をしたかったから、◯◯を入れたんだね。いいね。」

「ああー!なんだろう、これ。そうか、◯◯を入れたのか。
なるほどね・・こういう意図があったんだね」

その言葉を聞いて、彼女の顔がほころび、
目に涙を溜めながら、嬉しそうにいいます。

「すごい!全部中に何が入ってるか当てられた。
それに、美味しいって言葉だけじゃなくて、
なんでそれを入れたか、私がどうしたかったのかを
言ってくれ、それが全部当たってる。
それがすごく嬉しい」

私は、この場面を観て、「そうかー!」と思いました。

誰でも、結果だけを見られるより、

何をしたかったのか。

どんな意図があるのか。

どういう工夫をしたのか。

そういったことを見てもらいたいし、
言ってもらいたいし、認めてもらいたいんだなと。

別に、褒めてもらわなくても(褒められたらなお良しなんでしょうが)、

広い意味で「認められる」ことが、してほしいことなんだと思います。

我々の生活や仕事においても、色々な場面で、
結果は大切です。

しかし、それだけではなくて、

何をしたかったのか。

どんな意図があるのか。

どういう工夫をしたのか。

そういうことに気がついて、ちゃんと言って、認めることが、
相手にとってとても大切なんじゃないかな、と思います。
(時には評価や判断、助言も抜きで)

数日前に観たバラエティ番組で、
我々の仕事に活かせる言葉の掛け方を
見つけたので、共有します。

番組は1億人の大質問!?笑ってコラえて!」。

所さんのやつです。

日本人の女性パティシエが、

本場パリで自分の店を出す様子が

描かれてました。

店を出す直前、彼女は、過去に修行をしていた

店のパティシエの所に、数年ぶりに会いに行きます。
その店のパティシエは有名な人で、
著名なコンテストで入賞経験もあり、

彼女の師匠の一人とも言える存在です。

そのパティシエの前で彼女は、
自分のオリジナルチョコの箱を開け、

試食をしてもらいます。

彼女の顔に緊張が走り、
番組を観てる側にもその緊張感が伝わってきます。

まず、パティシエはチョコを口にして、

「美味しい」と言いました。
ホッとする彼女。表情に安心感が広がります。
そして、パティシエはチョコを次々食べながら、

言葉を重ねます。

「このチョコは、山椒いれてるね」
「君は、◯◯をしたかったから、
◯◯を入れたんだね。いいね。」

「ああー!なんだろう、これ。

そうか、◯◯を入れたのか。
なるほどね・・こういう意図があったんだね」
その言葉を聞いて、彼女の顔がほころび、
目に涙を溜めながら、嬉しそうにいいます。

「すごい!全部中に何が入ってるか当てられた。

それに、美味しいって言葉だけじゃなくて、
なんでそれを入れたか、私がどうしたかったのかを
言ってくれ、それが全部当たってる。
それがすごく嬉しい」
私は、この場面を観て、
「そうかー!」と思いました。

誰でも、結果だけを見られるより、

何をしたかったのか。
どんな意図があるのか。
どういう工夫をしたのか。

そういったことを見てもらいたいし、

言ってもらいたいし、
認めてもらいたいんだなと。
別に、褒めてもらわなくても、
(褒められたらなお良しなんでしょうが)

広い意味で「認められる」ことが

してほしいことなんだと思います。
我々の仕事においても、色々な場面で、
結果は大切です。

しかし、それだけではなくて、

何をしたかったのか。
どんな意図があるのか。
どういう工夫をしたのか。
そういうことに気がついて、
ちゃんと言って、認めることが、

相手にとってとても大切なんじゃないかな、

と思います。
(時には評価や判断、助言も抜きで)

難しい言葉より、簡単な言葉が響く

こんにちは。新宿オフィスの清水です。

人に何かを伝える時、「意味」は伝わるけれど、
思うように「響いていない」と思うことがあります。

また、自分自身に教訓や心がけを思うときも、
この「響いていない」という感覚になることもあります。

「どうやったら、他人や自分に「響く」だろうか?」

この疑問を、漠然としながらですが、
何年間も持っていたような気がします。

しかし、昨日、ふとしたきっかけがありました。

仕事上の難しいことを、専門外の人がわかるように、
簡単な言葉と表現で説明しようとした時、

内容が、より理解しやすいようになっただけでなく、
自分の中に、よりしっかりと「それ」が根づいたような感覚になりました。

その時、

「そうか!難しい言葉より、簡単な言葉が「響く」んだ!」

と気がついたのです。

例えば、誰かから、「本質が重要」と言われたら・・・?

意味はわかります。重要性もわかります。
しかし、どこか「ピンとこない」かもしれません。

しかし、もし、

「あなたが見るその「何か」の、一番大切なことを掴みなさい」

と言われたら・・・・?

私は、自分の中にその言葉がしっかりと「響く」ような気がしました。

その言葉が「ズン」と響き、自分の中に小さな衝撃を与える感覚。
言葉が「確かなもの」になったような、そんなように思えます。

そして、「響く」ことで、

言葉の「意味」を理解しただけでなく、次の「行動」に結びつく。
「一番大切なこと」を掴もうとする。
そういう変化を自分自身に感じます。

言葉は、簡単にする。

それは、理解しやすいから、という表面的なだけでなく、

より、「響く」、そして、「行動」に結びつく。

そういうところに、大切なことがあるような気がします。

自分に価値がある相手

実家に帰省すると、四歳になる甥っ子とよく遊びます。

愛らしい反面、我儘な部分もある彼は、
私にとても懐いてくれ、他の人の言うことは聞かない時でも、
私の言うことは聞くところがあります。

それはいったいどうしてだろうかと考えたとき、

一つの答えとしては、

「彼にとって私が価値があるから」。

その事実に集約されるように思います。

私は、彼にとって「楽しく遊んでくれる相手」であり、
面倒臭がって周りが答えない彼の「なんで?」に「丁寧にものを教えてくれる相手」であり、
たまに叱られたとしもて「愛情を注いでくれる相手」なのです。

そういった意味で、私は「彼にとって価値がある相手」なのだと思います。

一般的に、人は「自らにとって価値がある人」を近くに置こうとし、
好かれたいと願い、従います。

この現象は無意識も含まれるので、
「○○は自分のためになるから近づいておこう」と
意識的に考えている時だけでなく、
本人が意識の上では気がついていないときにも起こり得ます。

その場合、本人が何かしらの「もっともな理由(○○は素晴らしい人だから)」を
自分自身に対してつけることもあるかもしれませんが、
結局は「自分にとって価値がある」に繋がるようにも見えます。

個人的には、これが「魅力」の正体だと思っています。

魅力は「魅力を発する人」がもっているのではなく、
「その人に対して魅力を感じる人」の中に生まれる。

だから、良い言意味で人に影響を与えたいとすれば、
どうするべきかは、自ずと決まってくるように思います。

我々は、相手の中に自らの価値があるように振る舞うべきできなのです。
結局は、人を相手にする物事は、その相手が主体になるのだと思います。

対策ミーティングを終えて


こんにちは。
新宿オフィスの清水です。

昨日、新宿オフィスでは、
新しい取り組みである、
「対策ミーティング」を行いました。

「対策ミーティング」は、これまで月末に行っていた
その月を振り返る「月末ミーティング」と異なり、

先月の対策を皆で話し合うものです。

新しいこのやり方は、
個人的には「よい!」と思っています。

もちろん、アドバイス自体も価値が高く、
個人の課題の解決に役立ちますが、

それよりも重要なのが、

メンバーへのアドバイスをすることで、
逆に、メンバーの状況を良く知り、
考えるようになり、
そのメンバーや他のメンバーに対し、
適切に対応しやすくなります。

例えば、

「〇〇さんの実務量を減らすのがポイントだから、
実務担当者として案件を
早く回せるようにならないといけない」

といった具合にです。

こういうことは、

「メンバーへ関心をもちましょう」

と号令をかけても、なかなか定着しずらいのですが、

ミーティングで「半ば強制的に」
アドバイスをすることで、

結果的に「よく見る」ようになると
思います。

言葉以外の微細なメッセージ

こんにちは。新宿オフィスの清水です。

この時期、自治体へ提出する「入札参加資格申請」の
仕事が佳境に入ったため、業務の大部分を占めています。

国内在留資格、海外ビザ、金融、建設、医療機器、
そして入札と、行政書士の仕事の幅は本当に広いと実感します。
さて、今回のテーマは、「言葉以外のメッセージ」です。

仕事では、相手の言葉以外のメッセージを感じ取ることが大切である。
良く聞くことです。

しかし思うに、言葉以外のメッセージの中でも、
「明らかなメッセージ」を感じることがあります。

例えば、デリカシーのない発言をしてしまい、
相手の声のトーンが低くなった。

話しかけた相手が去り際、
妙にうれしそうな表情をした。

このような「明らかなメッセージ」を受け取ることは、
ほとんどの方が、意識しないでもわかるために、
それはど重要なことではないように思います。

一方、「微細なメッセージ」は、隠すことが難しく、
誰でもわかるわけではないため、
感じ取ることの重要性は上がります。

先日、こんなことがありました。

ある顧客との面談。

感触は上々で、求められた見積書を渡し、
笑顔で別れました。

ところが、直後、所用で外に出た私は、
偶然その顧客とすれ違い、
笑顔で会釈を交わしたのですが、

一瞬、その顧客が私から目を離すのが早かったのです。

それは、気をつけてみなければわからない程度のわずかな違和感でした。

しかし、私は、「この顧客は、申込みをしないかもしれない」

という考えがよぎったのです。

折しも、多忙な年末年始。
その考えは日々の業務にかき消されたのですが、
結局、その顧客からの連絡や申込みは来なかったのです。

その顧客が発した微細なメッセージは、
当社への申込みに対する甘くない認識だったのでしょう。

気をつけなければわからない微細なメッセージを、
相手の表情、仕草、行動から感じとる。

そのことの大切さを学ばせていただく出来事でした。

「気づき」を「習慣」にする

こんにちは。
新宿オフィスの清水です。

「国際化」という言葉が叫ばれて久しいですが、

外国人労働者の「農業」や「介護」への活用の動きが政府内で活発になっています。
新しい種類の在留資格が創設されることも検討されており、
行政書士にとって仕事の幅が広がりそうです。

今回は、年末年始にかけて考えていた、「習慣」について書きます。

私たちの言動は、「他人との話し方」から「仕事の進め方」まで、ほとんど「習慣」に沿っています。

ですから、「習慣」を良いものにしていくことは、自らの言動、
ひいては結果としての現実を良いものにしていくために、
とても大切なことだと言えます。

私の経験上、この「習慣」について、時に陥りやすいのが、

「何らかの気づきを得ただけで、身に付いたと勘違いする」

ということです。

例えば、営業を生業とする人において、

「営業の極意は、顧客の心の微細な動きをつかむことだ」

と気がついたとします。

その時は、素晴らしい学びを得たような気がして、

自分自身が「成長した」と実感します。

しかし、実際は何も変わらない、ということが多々あります。

それは、「気づき」をその場だけのものにしているからです。

どのような「気づき」も、

どのような「技術」も、

どのような「心構え」も、

「意識しないで行える」ようになって初めて意味をもつ、という現実があります。

なぜなら、私たちは日々多くの仕事を抱え、
様々な人たちと関わり、

新たな課題に直面します。
そのため、「意識しないで行える」ことでないと、
実際には「行わない」ことになってしまいます。

もとより、どのような「気づき」「技術」「心構え」も、

10回中1回できればよいというわけではなく、
10回中10回行うから、目の前の現実を変えることができます。

そのため、「気づき」を「習慣」に昇華することが、

現実を変えるために必要になります。

しかし、「気づき」の自己充足感は、

それを忘れさせてしまうほど大きいので、
それだけで満足してしまい、
「気づき」を「習慣」にすることを怠ってしまうのです。

「気づき」を「習慣」に昇華する。

今年は、それを徹底していこうと思います。

全体最適の罠

最近、海外ビザにしても、金融にしても、
この分野を専門に行っている行政書士があまり多くないのか、
問い合わせを非常に多く頂きます。

ありがたいことです。

さて、今日は「全体最適」についてです。

「全体最適」とは、「全体にとって最も良い判断や行動」のことで、
ビジネスの世界でその重要性が叫ばれて久しいと思います。

当社でも、「全体最適」は判断や行動の要なのですが、
最近、この「全体最適」について学びがありました。

この全体最適、実は落とし穴があるのではないか、
ということです。

それは、「人に何かを提案する時」です。

例えば、AさんがBさんにこのような提案をしたとします。

Aさんが「2時間」かけて行っていた「仕事X」を、

Aさんが行うと→2時間かかる
Bさんが行う→1時間かかる

そこで、「仕事X」をBさんが行ったほうが、
「全体にとってよい」という提案です。

一件、全体最適な判断のように見えますが、
ここで落とし穴があります。

Bさんは、人間心理として、

「それはAさんが2時間分の時間を作れるけど・・・
こちらは1時間仕事が増える。全体最適のように見えて、
Aさんにメリットがある提案なのではないだろうか」

という疑念が生まれるからです。

そのため、Aさん自身が「Aさんにメリットのあるが、
相手にとってデメリットのある全体最適の提案」をしようとすると、
かすかにではありますが、
精神的な軋轢が生まれ、素晴らしい提案であっても、
スムーズに実行されないということがあるのです。

では、どうすればよいか、という点ですが、

一つは、やはり、

「ウィンウィンの提案にする」ことが大切だと思います。

例えば、上記の例では、

「仕事X」を変化させて、Bさんが成長させたい分野の
「仕事Y」に絡むように、「仕事X」の目的は達成しつつ、
Bさんの「仕事Y」にメリットがあるようにする、という風にです。
(抽象的でわかりづらくてすみません・・・)

自分のメリットが絡む提案をする際は、
相手にとってもメリットのある提案をすると、

相手は、妙な疑念を生じることなしに、
その提案を受け止めることが出来ます。

全体最適は素晴らしい視点ですが、
妙な疑念を生じさせないためにも、
相手にとって利益のある提案の仕方をしたほうが、
スムーズに ことが運ぶのではないか。

今後、全体最適の提案をする際は、
相手のメリットも考えて提案をしていこうと思います。

 

 

 

 

 

目標を立てて達成する、ということについて

 

 

 

 

 

 

こんにちは。清水です。

 

今回のブログのテーマは、「目標を立て、達成する」です。

「目標を立て、達成に向けて動きなさい」とはよく聞く言葉ですが、

 

良きにしろ、悪きにしろ、私自身は「目標を立て、達成する」ことに、
どうもピンと来ないところがあります。

 

昔から、「目の前のことに懸命に取り組む」ことは
違和感はないのですが、

 

北海道の田舎でのんびり育ったせいか、

「目標に向けて全力で取り組む」

 

ということと、あまり関わりを持ってこなかったのかもしれません。

 

しかし、この仕事を始めて気づくのは、

現状の自分の力量やパフォーマンスと、

求められる力量やパフォーマンスとのギャップ。

 

すると、そのギャップを埋めるために、

 

「目標を立て、達成する」ことは、

必要不可欠であるように、日々実感しています。

 

「目標を立て、達成する」ためには、

 

高い「意欲」を抱え、

達成のために「戦略」をめぐらし、

問題を解決する「策」を打っていかなければなりません。

 

だから、「目標を立て、達成しようとする」ことで、自然と、

 

高い「意欲」を抱え、

達成のために「戦略」をめぐらし、

問題を解決する「策」を打っていくようになり、

 

それらの日々の研鑽が、

しばらくして後ろを振り返った時、

自己の「成長」に繋がっている、

ということなのだと思うのです。

 

自らの課題を解決するには

 

 

 

 

 

 

 

こんにちは。清水です。

弊社では、毎朝の朝礼でその日の「ミッション」を発表します。

私の場合、その時々の「課題」を話すことが多いのですが、
その日の業務が終わってみると、
「課題」がほとんど意識されていないことに気が付きます。

これでは、「ミッション」を口にする意味が全くありません。

なぜ、「課題」が意識されないのか。
今朝の通勤電車の中で、考えていました。

すると、一つ結論が出たのですが、それは、
「課題」を考え抜いていない、ということです。

私は、その時々で、頭に思い浮かんだことを口にしているだけで、

本当にそれが課題なのか?

自分は日頃から何が足りないのか?

何を求めているのか?

最近、そのようなことを考えて、考えて、考え抜いていない、
ということに気がついたのです。

自らの課題を考え抜き、
求めているものに気がついたとき、

「腑に落ちる」

という感覚になる。

そうして、初めて、「課題」が「課題」になる。

自分の意識に強く入り込み、「解決策」のために頭が働くようになる。

そのように思えるのです。

そうしなければ、「絵に描いた餅」に過ぎなくなってしまう。

そのことを、強く実感します。

人に何かをした側の方が、してもらった側よりも、その意味を重くとらえている

 

 

 

 

 

 

 

今回は、

「人に何かをした側の方が、してもらった側よりも、その意味を重くとらえている」

ということに気付いた経験を、卑近な失敗から書きたいと思います。

一昨日、私の母からの果物が部屋に届いたのですが、

忙しさにかまけて、連絡とお礼をするのを先延ばしにしていました。

昨夜遅くにメールでお礼を伝えたのですが、

今朝になり、母が「連絡が遅い」と少々怒っていると、

姉から聞いたのです。

当初、私は、一日くらい連絡が遅れても大したことはないだろうと考えていました。

しかし彼女にとっては、それは失礼な行為に当たるようだったのです。

すぐに電話をして謝り、彼女も怒りがおさまったようですが、

ここで私が学んだのは、

「人に何かをした側の方が、してもらった側よりも、その意味を重くとらえている」

ということです。

彼女の、「果物を送った」という行為と、

私の、「果物を送られた」という行為は、

同じことを別方向から見ただけのようですが、

心理的には、

彼女にとっては、「自分の中での意味が比較的大きい=お礼をすぐに言われたい」

私にとっては、「自分の中での意味が比較的小さい=お礼は遅れても大丈夫」

という違いが生まれていたのです。

このことは、日常的によく起こりうることだと思います。

例えば、人間関係上、誰かが誰かに何かを贈ったり、
時間を費やすという ことはよくあります。

この場合、相手のためにその行為をした側は、

「相手のために良いことをした」
「感謝されるだろう」

と思いがちになるかもしれません。

しかし、その相手の方は、
案外、それほど大きく捉えていなかったりします。

そのため、何か好意的な行為をした側は、

「恩知らずだ」
「もっと感謝してくれてもよいのに」

と考え、わずかな心の確執が生まれることがあります。

昔からの格言で、

「受けた恩は石にきざめ。与えた恩は水に流せ」

という言葉がありますが、

これも、「人は、受けた恩は小さく捉え、与えた恩は大きく捉える」

ということからの智恵なのでしょう。

ですから、自分が与える立場になった時は、

相手が自分ほど大きく捉えていないと考え、

与えられる立場になった時は、

相手に感謝を伝え、その恩を返すようにする。

ということをしていこうと思っています。

それが、今回の学びでした。

「人に何かをした側の方が、してもらった側よりも、その意味を重くとらえている」

このことを深く実感することが、

人間関係を良好にするための、一つの知恵なのかもしれません。

 

 

 

 

あなたの周りの人のことを知るための二つの質問

今回は、「あなたの周りの人のことを知るための二つの質問」を紹介したいと思います。

誰かのことを知ることは、その人への理解が深まり、人間関係が円滑になるのはもちろん、個人としても人生が豊かになるような気がします。

とはいっても、ここでお話しできるのは、心理学的実験を通して得られた知見ではなく、あくまで私の実体験から生まれた「仮説」に過ぎません。ですから、これから述べることはあくまで、会話のネタ程度に思っておいてください。

ただし、経験上、9割以上の確率で当たっています。

一つ目。

「好きな言葉・座右の銘」

あなたの周りの誰かに、「好きな言葉・座右の銘」を聞いてみてください。
何かしらの回答が出てくると思います。

普通、「好きな言葉・座右の銘」はその人を表していると思われがちですが、

実は、その「好きな言葉・座右の銘」は、その人が「改善したいと思っている点」のことが多いです。

例えば、何事においても「最後の詰めが甘い」と自覚している人は、「勝って兜の緒を締めろ」いう言葉を好んだりします。

人は、自分の欠点をある程度認識していますから、多くの人はその欠点を直したいと思っています。
そのため、その思いが無意識となって、「好きな言葉・座右の銘」として表面化するのではないか・・・。私はそう考えています。

二つ目。

「食べ物の好き嫌いが多いかどうか」

食べ物の好き嫌いの多さというのは、大体が幼少期に決まってしまいます。そして、幼少期というのは人格形成に大きな影響を及ぼします。

このような知識は以前から知っていたのですが、ある時、私は食べ物の好き嫌いにある傾向が隠されていると気づきました。

食べ物の好き嫌いは、人の好き嫌いと同じなのです。

食べ物の好き嫌いが少ない人は、人の好き嫌いが少ない、ということです。

逆に、食べ物の好き嫌いが多い人は、もしかしたら、人の好き嫌いが多いかもしれません。

食べ物の好き嫌いというのは、ある種の「寛容さ・ワガママの程度」を示しますから、

食べ物の好き嫌いがはっきりしている人が、人の好き嫌いがはっきりしているのも、納得が出来ることかもしれません。

以上、「あなたの周りの人のことがわかる二つの質問」をご紹介しました。

人間は様々な面を持っているので、その人の一部分だけを知って全人格を判断するのはできないですが、

部分からしか全体を判断できないのも、また真実だと思っています。

今回の話が、何かのお役にたてていただければ光栄です。

全社ミーティングを終えて


先日、大阪オフィスで開かれた全社ミーティングに参加しました。

全社ミーティングに関してのブログでは、経営理念やビジョンについて
書かれている方が多いので、それ以外について書きたいと思います。

<タイムマネジメントはスピードを上げること>

今回の全社ミーティングでは、「タイムマネジメント」が議題の一つでした。
全社ミーティングでは「誰が、どのようにタイムマネジメントを指導するか」
など具体案が議論され、とても有意義な時間になったと思います。

そのうえで、この件に関して私の頭にしばらく浮かんでいるのは、
「タイムマネジメントはスピードの問題ではないか」という考え、仮説です。

「タイムマネジメント」とは、結局のところ、
「期日通りに仕事を完了させる」ことを
目的にしていると思うのですが、そうであるならば、
端的に「スピードを速くする」ことに行き着くのだと思うのです。

「タイムマネジメントはスピードの問題である」と考えれば、
仕事のスピードを上げれば、タイムマネジメントが
上手く出来ないという問題が解決するのかもしれません。

個人的な経験で考えてみても、会社の速いスピードに追いつくために、
入社してからは「スピードを上げること」を意識して取り組んできました。

もちろん、まだまだ改善の余地は大きくあるのですが、
思考のスピードを上げる毎日の訓練、再利用フォルダの活用、
業務ツールのテンプレート化などのスピードを上げる様々な工夫を通し、
少なくとも入社当初よりは、会社のスピードについていけるようになったように思います。

結果、以前は頭の片隅にあった「タイムマネジメントを上手くしなければ」
という概念を気にすることはなくなりました。

ただただ、「スピードを上げる」ことを徹底する。

それだけで、仕事は上手く回るようになるかもしれません。

仕事を先取りする

サッカーでは、「ボールのある場所に向かっていはいけない。
ボールが向かう場所に先回りしろ」と言われます。

つまり、ボールがある場所に走るのでは追いつかない。
ボールが向かう場所を予測し、走りこむことで、ようやく間に合う。

最近は「仕事」もこのサッカーの例え話と同じだと実感しています。

この仕事を始めて間もないのですが、
慣れていない私が目の前の仕事にいきなり取り掛かると、
次から次へやってくる仕事に忙殺され、
「仕事に追われる」という状態になってしまいます。

そこで、特に意識しているのは、「仕事を先取り」すること。

例えば、顧客との面談の前に面談を綿密にイメージしたり、
事務作業をする際は、全体像を掴み、段取りを組んでから取り掛かる。

そうすることで、ようやく先手を打つことに「間に合う」。

「仕事を先取りする」

このことの重要性を実感しています。

とはいっても、未熟な私には「仕事の先取り」が
出来ていないことが多いのも事実です。

しかし、「仕事の先取り」を意識し始めたせいか、
それが出来ていない時はどれだけドタバタしてしまうかが、
自分でわかるようになったのも事実です。

もしかしたら、それに気づくことも、
一つの小さな成長なのかもしれません。