ギブには感謝と背中を見せること。

SGでも「ギブを返す」という言葉が、
一人歩きしていますが、
正確には「バトンを繋ぐ」という方が良いと思っています。

与えられたものを、それ以上にして返す。

一体、誰に?

返すことは義務、いや負債なのでしょうか。
そういう取引もあるでしょう。でも。
先輩や親、頼りになる上の人が与えてくれるものは、
取引ではないはずです。
世界的リーダーを輩出するSGもまた、
会社としてそういう取引を迫っているわけではないと、私は信じます。

ここでは「恩返し」ではない「恩送り」の考えを伝えます。

【見返りを期待して相手に与える事は商取引だ】

そもそも年齢が上の人からもらったものを、
その人にそれ以上に返すなんて難易度が高いこと、
できないのが当たり前です。

また下の人に与える、というときに、
それ以上のものを返してもらおうなんて、
なんて傲慢なんでしょうか。

そもそも相手と自分の2者間で与え、そして返すという行為は、
単なる商行為にしか過ぎません。

そして経験や知恵を伝える、指導するという行為が、
能力に差があるもの同士で行われることを前提とする以上、
先行投資的な意味合いにもなってしまいます。

そしてゆくゆくしっかりとその投資を
返して貰えないと不満になるのです。

俺は10の時間を割いてあげたけど、
彼からは3しか返ってこない。
なんてけしからん。

「このような物はここから運び出せ。わたしの父の家を商売の家としてはならない。」」(ヨハネによる福音、2章13節)

祈るとき、神とトレードをするな。
これは凄く大事な事です。

「〇〇するから神様、願いを叶えて下さい」
我々小人間が、神と取引をしてあまつさえ要求さえしている。
不遜甚だしい、という訳です。

「これだけのことをしてやったんだから、これだけのことをしてくれるのが当たり前だろう」

これは商取引であって、人間同士の関係性ではありません。

【与える事、受け取ること】
人に与える、教育し、ノウハウを伝えるとき、
それをそのまま返してもらうことを期待しては、
それは商取引であり、明らかに分の悪い投資です。

例え、相手が優秀でそれ以上にして返してもらったとしても、
あなたが与えたものはそこで止まってしまいます。

「あなたのギブは、返された段階で無くなってしまいます」
これが恩返しです。

そうではなく、あなたのギブが
相手から返してもらうことだけを期待するのではなく、
その人が次に繋いでいってもらうことを想定しているならば、
あなたは相手が十分に返してくれなくても、
期待を裏切られることがありません。

無理に返してもらったらそれであなたの与えたギブは終わってしまう。
永く続いていくそういったものを伝え、無意味な取り立てを行わないこと。
それが恩送りです。

では受け取る側はどう思えば良いでしょうか?
「先輩からもらったものをいつか返さなければならない」
「今の自分は与えられているだけで何も返せない」
「もらってばかりで返せない自分はダメなんだ・・・」
まるで多重債務者みたいな考えでいる人が多いように思います。

与えてくれた人に返すべきものは、その対価ではなく、以下の二つです。
〇感謝や尊重
〇それを受取、活用し、次に伝えているという事実
与えられたとき負うのは返済の義務ではありません。
未来へのバトンです。

前の走者に返すべきものは、
そのバトンではなく、
労いと
それを引き継いで一気にスタートダッシュをする背中です。

SGの新人に求めたいのは、
指導に対して成果を持って返さねばならないという
強迫観念を持って成果にコミットせよということではありません。

与えられたものにきっちり感謝を伝え、(復唱/要約)
それを受け取ったことをしっかりと示し、(日報や発信)
それを小さくとも行動で示してそれを見せ、(報告)
いつか与えられたものがどうその後の人生や仕事に生きたかを伝え、(報告)
そしてもらったものを次代に繋いでいることを伝える(報告/感謝)
といったことです。

成果で返さなくて良いです。

受け止めしっかりと活かしていることを
しっかりと見せること、報告すること。
それだけのことです。

返済義務のある負債を負うのではなく、
バトンを引き継ぐ責務を背負うこと。

そう思っていきましょう。

また誰もが受け取る側に立つことがあり、
そして誰もが与える側に立つことがあります。

与える側に立ったとき、
返してもらうことを要求せずに、
次代に送る事に意味があるようなものを与える事。

それをやっていきましょう。

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