Willに理屈はいらない

英語・・・というか英語系の言語で素晴らしいなぁと思う言葉がいくつかあります。

一つは「I’m proud of you」。

私は君を誇りに思うよ。こんな言葉は本当に自尊心を育てますし、最高の褒め言葉ですよね。日本語にはなかなかないよな、と。

そしてもう一つが「Will」です。

「I will do it」

という言葉を訳すのは難しいです。Willというのは「意志」という意味であって、「確かに意志を持って行う」というニュアンスを含んでいます。

日本語には「~しなければならない=must」「~すべきだ=Should」、あるいは「~したい=want」はあってもWillはないのです。

意志を込めて行う、というニュアンスを込めた言葉はないのです。

では、Willとmust/should/wantの決定的な違いはなんでしょうか?

それは「行う行為よりも重要なものがあるかどうか」です。

つまり・・・

何々しなくてはいけない。なぜならば~
I must/should/want do it. Because~

となるわけです。

ですが、WillにはBecauseは必要ないのです。
Willという言葉に説明も理由もいらないのですね。

例えを出しましょうか。

I want to love you.と言った時、その奥には、Loveよりも大事な事があります。つまりYouよりも大事な目的があるのです。

しかし、I will love you.と言った時、そこに理由付けはありません。ただあなたをこそ愛する。それ以上もそれ以下もないのです。注目は目的語である「あなた」にだけあります。

典型的な例をもう一つ出しておくと・・・
刑務所や罰の効果に関する倫理の根本議論(カントの定言命法)があります。
なぜ悪いことをしてはいけないのか。それは刑務所に入って、罰を受けたくないからです。

つまりI should not do that. Because I don’t want to go to jail.という訳です。

でも、仮に刑務所に入っても別に良いとか、罰をいくら受けても構わない、と思う人には、罰則で縛ることはできないのです。

ですから本当の倫理観というものは、should notやmust not、あるいはmay notではなく、will notにしかないのですね。

I will not do that. 「私はそれをやらない。以上!」

I will work for you

まぁいろいろ言いましたが、結局本当のやる気とか本当の取組というものは、willからしか出てこないんです。だって他に大事な目的があるのに、それに対して従的なものに対して、そんなやる気になりますか?

お金のために仕事をする、褒められたいから仕事をする、好きなことだから仕事をする・・・

まぁいいんですが、結局、仕事という行為が二の次になっているのです。

刑務所に入りたくないから悪いことをしない、と同じ事です。行為が二の次になっているときに、その行為自体に本気で取り組む事なんて出来ないんです。

相手を愛するという行為が、相手の関心を買うとか、相手から利益を得たいとう下心があったら不純だというのは、まぁ分かるとは思うんですよね。(利益を求めない愛なんてあるか!?という議論はまぁ置いといて)

だから僕らはシンプルに考えるしかないのかなぁと仕事に関して。仕事に限らずですけどね。

幸せな家庭が欲しいから(幸せになりたいから)相手を愛するのでしょうか。じゃあ幸せとは何?とか幸せっぽくなったら愛せなくなるのか、とか、本末転倒な複雑さになってくるんですよね。なにか行為に理由をつけはじめると。

だから~のためにとか、~しなきゃとか、~したいとかじゃなく、
「いいからやる」「本気でやる」「真剣にやる」これしか実はないんですよね。

真剣に愛する、それ以外の言葉はないんですよね。

仕事はごちゃごちゃ言わんと、真剣に一生懸命にやる。それしか実はありません。

For youという部分

じゃあブラック企業で真剣に一生懸命やれば良いのか!?という質問もありそうです。まぁどんなところだって、言い訳を考えず懸命にやれば、必ず道は開けますが、一つだけあげておけばFor youという部分だと思います。

エネルギーのベクトルを自分から相手に向けるということ。Willというのは実はベクトルです。意志というのは方向性を持ちます。その意志を自分ではなく外に向けることが大事です。

キツくてキツくて奴隷のように搾取されていて、気持ちを一切外に向けられなかったらそこは離れるべきだと思います。

でも大概の仕事において、人生の様々な事において、気持ちを全部自分に向けて死ぬ気で自己防衛をしないといけないというケースはほとんどないと思います。

外向きに。そして相手に向かって、自分ではない誰かに向かって。

理由付けなどいらない。Willの行為で、やっていけば良いのです。

最初どんな仕事もつらく、苦しいかも知れません。でも、他人に向けて行っている仕事は必ず評価され感謝されます。そして、だからこそ、自分のしている行為を疑わなくて済みます。自分の行為を自分の目的から自分で認める行為をしなくてすみます。

相手のために常に行動している。行動の全てが相手のためだ。だから一体なんで自分の仕事を疑う必要があるのでしょう?

仕事を楽しいとか、それを通じて利益を得たいとか考える必要があるのでしょうか?だって他人にベクトルを向けているのだから自分への利益なんて気にしなくて良いし、なんなら必ず後からついてくるのです。

だからWillなんですね。他人のために動くというのは、自分のための理由付けなんていらなくなるのです。

I will do it for you。

それがやはり最高にI am proud of myselfなのでしょうね。

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