いかに不安を乗り越えるか。3つの方法論

これは宗教の話ではなく、
哲学の話なんですが、


お釈迦様、ゴータマシッダールタの不安解消の手法は、
現代にも通じるものなので紹介します。


現代のもっとも大きな病は結局、不安です。
コロナとかではなく、不安で心を病む人の方が最も大きな病と言えます。コロナが怖いのではなく、コロナで自分や大切な人が死ぬのではないかということが恐ろしいのですね。


お釈迦様はその不安を解決する手段を人々に提示し、
そのため、別名が大医王と呼ばれていたりします。


で、その考え方の根本はシンプル。
お釈迦様は悟りに至った後、
その当時の最高の識者の前で、教えを披露(初天法輪)するのですが、
ここで言われるのが、四諦という話です。

『雑阿含経(大正蔵巻二、103下13~104上29より引用)』
此、苦聖諦。本所未曾聞法、當正思惟。時、生眼智明覺。
此、苦集。此、苦滅道跡聖諦。本所未曾聞法、當正思惟。時、生眼智明覺。
『ざっくり訳』
世界は苦であることをまず知り、その苦の原因を知り、そして苦のない状態を知り、その状態への手段を知る、これが悟りへの道である。

で、最近人をサポートするためには、
その人の不安を知ることが必要だと思っています。


不安という言葉で言い換えると、
①私は不安を覚えていると認識する。
②その原因は何か考える
③不安がない状態を考える
④どうすればそこに至れるか考える
ということになります。


お釈迦様の場合は、そこから八正道という、一定の貪りを認めた上で、
いろんなものに知足し、中庸たれ、という事を説きます。


一定自分を認めて、行き過ぎないようしなさい。
現実や自分をしっかりと認めて、
いきすぎや無理はしちゃ駄目だよ、ということです。
その状態が不安がない状態であり、悟りであるというわけですね。


で、現代の不安の解消法として教えてくれるのが、
デールカーネギーの「道は開ける」ですけど、
そこではお釈迦様と同じように不安を以下の様に扱うよう書いています。
①自分が不安を覚えていると認識する。
②何のどのような不安があるのかを認識する。
③その不安な出来事が起きたと仮定して考えてみる
④その結果を受け入れてみる
というわけです。


大抵の不安な出来事は、命まで取られるものではないもので、
最悪なケースを想定してみると、意外とたいしたことないものです。
上司やお客さんに怒られても、別に命取られるわけでもないですし・・・
そうすると冷静になってうまい対策が生まれてきます。
対処対処であっぷあっぷという状態から抜け出られるわけですね。


で、最後に私としてはイチロー式不安解消法と名付けているのですが、
俺は俺の出来る事をやってるんだから、その後どうなろうと俺の責任じゃない、と考えるわけです。


毎日一生懸命しっかりやっている。結果がなんであろうと、最善を積み重ねているのだからもうその結果に対して不安を覚える必要などないじゃないか、ということです。
で、このポイントは、社会とか皆から考えた一生懸命とか努力ではなく、その時点で”自分”が出来る最善を過ごしている、というだけでOKだということです。
自分を認めて、例え社会からお前サボってんだろ、と言われても、その時点の自分としては最善なんですよね。だからOKなんです。


だからコロナだって、私は私の出来る事はやった。それ以上もそれ以下もないし、結果なんて考えない。
振り返ればあーすればこーすればとあるかも知れないけど、そのときは出来る範囲で全力だった。それ以上、何ができるだろう、と。


200本いけるかどうかなんて知らない。今日という一日を全力でヒットを打ちプレーした。それだけだ、というわけです。


レジリエンスということが言われますが、
どのようにレジリエンスするかといえば、
このように不安と戦う術を身につけると言うことです。


この厳しい競争と不安に満ちた社会に生きるために、
一番大事な能力だと思うので書いてみました。


いかに世はこともなし。
ケ・セラ・セラと腹の底から思えるか、ということですね。
新人の皆さんは不安で
自分で自分を傷つけない様にして欲しいですね。

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