夢の中で得体の知れない音楽教師と口論して得た学び
投稿日:2026年3月11日
東(アズマ)です。
普段、寝ている時に夢は見ないタイプなのですが、久々に夢を見ました。
何故か私は高校生で、学年が上がったタイミングでした。
(今が3月で、季節柄ちょうどそういうタイミングです)
いきなり遅刻してしまい、バレないように静かに教室のドアを開けて、忍足で自分の席まで行くことに成功しました。
最初は普通に座席の並んだ教室でしたが、気付いたらそこは音楽の教室になっていて、一人の音楽教師がゴチャゴチャと喚いていました。
その中で、音楽教師が「美しくない」という言葉を言ったのですが、その「美しさ」の価値基準は、どうも「整っている・乱れがない」というようなものでした。
気になったので、「ロマン派はお好きですか」ということを聞いてみました。
(高校生の時、こういうことを平気で教師に聞くタイプの人間でした)
すると音楽教師は、不機嫌そうに(しかし意外と穏やかに)「ロマン派って何が良いの?整ってないしアシンメトリーだし勝手な主観が入っているし〜〜〜」というように語りました。
(具体的に「バロック音楽」というワードは出なかったのですが、起きた今考えると、バロックも語源が「歪んだ真珠」なので、何をもって「整っている」と考えるかは、やはり時代や文化に依ります。また、私が最近J.S.バッハって良いなと改めて思ってるのもあり、こういう主張の人間が登場したんだと思います)
私はすぐにでも反論したかったのですが、授業に戻った(そして音楽教師がまた喚き始めた)ので、特に何も言わずにそのまま授業を聞いていました。
授業の終わり際、生徒の側は「何か質問がある人はいますか」と言われました。
私の頭は先ほどのロマン派の話でいっぱいだったので、以下のように話しました。
(本当はもっとずっと長かったですが、全部は覚えてないので……)
「先ほどのロマン派の話なんですけど、気になった点があって。
まず、先生の言う、バッハは整っているというのはとてもわかる(本当にわかる)ので、
先生の話と私の話を跨ぐようにお話ししますが、
この『何をもって整っているか』ということ自体に、価値判断が入り込むと思うんですね。
ある人はとても穏やかで落ち着いたものを『整っている』と思うかも知れないし、
別のある人は激しく、全てが滅びゆくようなものを『整っている』と思うかも知れない。
何をもって美しいと思うかも人それぞれで、そこに向き合うのがロマン派の良さではないでしょうか」
と。
(とはいえ私が好きなのはショパンで、ショパンをロマン派というべきかは微妙なのですが……)
すると音楽教師はブチギレました。まあブチギレられるのは慣れている(そういう高校生だった)ので、特に意に介していなかったのですが、その中の一言が妙に腑に落ちました。
「あなたは私の話を滅ぼすって言った?
最初、『私の話を跨ぐ』って言ったけど、一方的に自説を捲し立てるだけで、
結局私を滅ぼそうとしているでしょ!」
私はこんな考え方をしないです。
「私の話」が否定されたからといって「私」が否定されるわけではないし、
「私の話」を守る(妥当性を示す)のは「私」の責任だと考えているからです。
が、そうでない人が山程いることを既に知っていて、「どうやら共感が大事らしい」という(割と浅はかな)学習に基づいて振る舞っていました。
しかし、それが、「そうでない人」から見ると、単なるポーズのように見えてしまってたんだなあと。
一回「わかる」と言っておきながら、その後ずっと自分の考え・自分の話しかしないのでは、確かに取ってつけたような言葉です。
本当に「相手の話を跨ぐ」には、ちゃんと相手の論理・思考に則って、「相手はどういう思考回路・感情的な整理をすれば、自分の意見・提案を受け入れることができるのか」を整備して、言葉にすることが必要です。
そこを整備せず、自分の意見・提案だけを言って、辿り着く方法は相手任せ、というのは頂けません。
(高校生の時の私好みではありますが、社会人としてはよくないです)
……といった思考が頭を駆け巡って、中途半端に早い時間に目が覚めました。
気付きを与えてくれてありがとう、得体の知れない音楽教師。
(本当に人生で一度もこういう音楽の先生にあったことはないです)
気付きを書き記すために一通りザッと書きましたが、夢の話&寝起きというだけあって、中々に支離滅裂な文章になってしまいました。これはこれで私の見た話ということで一つご容赦いただければ。

