”提案”は批判的精神から。否定的精神は”嘆願と不満”を生む。

と、非常にゴリゴリのタイトルをつけましたが。

今回は提案を生むためにどのような姿勢を持てば良いのか、という点をお話ししようかなと思っています。

欧米では大学の基礎学習としてリベラルアーツを学びます。リベラルアーツにもいろいろありますが、結局は”批判的精神”を身につけること、これにつきます。

批判的精神とは何か?

自己批判を繰り返し決して思い込みをせず判断を保留する賢さと、物事を主張する際に客観的な事実を徹底して尊重しその場その場の最適解を導き出す方法を身につけることです。

日本語の”批判”と実はリベラルアーツ≒哲学における”批判Critik”は異なることに注意してください。日本語の批判は、なんか悪口言うとか、対案もなく否定的意見を言うとか、当事者意識もなく勝手な意見を言うとか、どちらかというと批評といった意味が大きいですが、批判は本来的にはそういう意味ではありません。

あらゆる誤謬(惑わしてくる様々なものにだまされてしまうこと)を振り払い一歩横に置いて、しっかりとした判断を下すためにするのが批判なのです。

人間はいろいろな判断をするとき、様々な先入観がその判断を邪魔してきます。先方は怖そうなおじさんだ、とか。この案件はニュースで言ってた落ち目の業界だな、とか。

見た目やメディアの情報、経験、そういったものが自分の判断を侵害してくるワケです。

でも、それを一つ横に置いておく。いかに権威ある新聞でも、確からしい経験でも、見た目がどんなに怖くても(あるいは美人でも)、それは一つ横に置いて、あくまで参考情報だと思って、ゼロベースから考える。

これが批判的精神なワケです。

これはこういったものだ、という反応に惑わされず、というところでしょうか。

対してそういった心の動き、反応を一歩横に置くことが出来ず対応してしまうことが否定的精神を生んでいきます。

あ、見た目怖いからいやだな。面倒な案件だからいやだな。新聞でこう言っていたから、きっとこの業界は駄目な業界なんだな・・・

状況や情報に反応的に対応すると、心は否定的になっていきます。否定的になるとそこから提案を生み出すことは出来ないのです。

提案は批判的精神から。否定的精神は”嘆願と不満”を生む。

何か問題があったとします。それに対して嫌だ!と言っていると、それは不満になります。嫌だからなんとかして欲しい!これは嘆願になります。

社会のいろいろな問題に対して、不満を言うのはTwitterとかでしょうか。で、なんとして欲しいというのは、サポートセンターへの苦情であったり、政治家への嘆願がこれにあたります。

ですが、もちろんそれでは何も変わることはありません。

さて、問題があったとします。

問題は嫌だから、解決したいと思うとします。

すると解決するためにどうすればいいかを考える必要が出てきます。

一体何が問題なのでしょうか?
一体どこに問題があり解決していないのでしょうか?
そもそもどういった経緯でこういった状況になったのでしょうか?
どのような解決がこれまで図られそしてどういった推移をたどって今に繋がるのでしょうか?

そういった事を考え、調べていきます。

すると、何か誰も試していない解決方法が見えてきたりします。社会全体ではまぁ無理だとしても、自分の生活上ではじっくり考えれば大抵の解決方法は見えてきます。

あとはそれを実行するだけ。これが提案になるわけです。

だけど、問題があって、それを誰かのせいとかにしだすと、もうどうにもなりません。
環境のせい、上司のせい、会社のせい。まぁそうなのかもしれませんが、そういった否定的精神から生まれるのは不満と嘆願だけです。みんな概ね真面目に生きて真面目にやった結果だと、そう気がつくほどじっくり一歩横に置いて考えると、提案がでてくるのです。

議論は批判をもってする

リベラルアーツを学ばない日本人はまぁまぁ苦手だと思うのですが、議論の最中に否定を持ち込まず、批判で行うというのは最も重要なことです。

誰かが意見を言い、それに対して批判をするのか、否定をするのか。

誰かの提案や意見に対して、批判的目線で対案を出したり客観性の欠如を指摘したりするのか、自分の現状からただ反応し、否定的なことを言うのか。

誰かの提案や意見、アイディアに対して、それが素晴らしいものだと尊重の上(素晴らしいものだという前提の上)よりよくするためにどうするのか、あるいは自分の状況に変化を加えるものとして否定的意見を反応的に述べるのか。

批判的議論を行うためのコツを列挙します。
1.決して否定をしない(あら探しをしない)
2.前の意見に反対だったとしても、それを尊重しそれを踏まえた対案をだす
3.どの意見の中にも使えそうなアイディアを探し、それをどんどん積み立てていく

議論というものは、ダメそうな意見を言ったとき、それを即時で否定する人がいます。これはよくない。まぁその意見がダメで、否定が正しいこともあるかもしれませんが、これは本当によくない。

否定された人はもう意見を言うことはないでしょうし、一見駄目そうに(あなたに)見える意見は、それはその人なりの道理と理由があって、一定の合理性があることは違いありません。その合理性にこそ、議論をする意味があるのですから。自分の論理とは違う論理を尊重することとは、一見駄目そうに見える意見の中に、気づきを見いだすことなのです。

とかく人間は反応的になると防衛的になり、否定的になりがちです。それをせず理性的に物事を考え適時適切な批判を己に行うこと。それが重要な事なのですね。

SGの理念、不満を言わず提案に変える、とは、批判的精神を持って行動することに他なりません。そしてビジネスリーダーにとって批判的精神は、必要条件だと言えるでしょう。

SGで今行っている日経新聞読み合わせも、これは世の中をしっかりと批判的に見ることを鍛えるものです。

みんなで批判的精神を身につけ、良き議論と世界のリーダーの必要条件を満たしていきましょう!

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