清水 侑

伝聞はアテにならない

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伝聞はアテにならないっていう話です。

誰かから伝え聞いた話は、伝えた人間の主観が入るので、
もともとの話とズレが生じることがあります。

もともとの話とズレが生じると、聞いた人が判断を
誤ったりする原因になって、非常にマズイことになります。

僕らの仕事でも実際に起こっていて、

例えばAさんが、Dさんと契約について話していて、

(Dさん、この件で喜びはしないだろうけど、
Dさんの感じからして怒ってるわけじゃなさそう)

と内心思っていて、

「Dさん、少し不満そうに見えたね」

とBさんに言った場合、

それを聞いたBさんは、

(今回の件、自分だったら嫌だろうから、
きっと怒るに違いないだろう・・・)

と内心思っていて、

「Dさん、とても怒ってました」

とCさんに伝えたりします。

「少し不満そうに見える」と「とても怒っている」は
だいぶ違うんですが、

Bさんの頭の中では、Aさんの発言が「誤変換」されて
しまうのです。

特に、「相手の立場や状況、性格だったらどう感じて、
どう考えるか」という相手ベースの思考ではなく、

「自分だったらこう感じるし、考えるだろう」と
自分ベースの思考に入ってしまうと、「誤変換」は
多く、しかも大きくなりがちです。

これは、特定の個人だけに起こる事柄ではなく、
皆に起こりえる事柄で、

「え?実際はそうなの!?だって、あの人は
こう言っていたよ!?」となった経験は、
多くの人が持っていると思います。

このように伝聞はアテにならないんですが、
それを踏まえた上で、僕らができることとしては、

一つは、客観と主観を分けること。

客観は事実のことで、実際の発言や現象を
そのまま伝えることです。例えば、
「この申請手続きは期日が〇月〇日まで」
「お客さんは「〇〇」と言っていた」というのは客観です。
客観は、他人とのズレが生じずらいです。

一方、主観は誰かの考えや印象、感情です。
例えば、「この申請手続きに間に合うと思います」
「お客さんは怒ってました」というのは主観です。
主観は、他人とのズレが生じやすいです。
そのため、伝えるときには注意が必要です。

主観は注意が必要ですが、主観自体は悪いわけではなく、
主観的な事柄(考え、印象、感情)にこそ、
とても大事なことが含まれている場合もあります。

問題は、客観と主観がごちゃごちゃになり、
聞いた側が「事実なのか?意見や印象なのか?」が
区別できなくなってしまうことなので、

伝えるときは、客観と主観を分けて言うようにすると、
結構伝わりやすくなります。

例えば、

「この申請手続きは期日が〇月〇日までです(客観)。
私の考えとしては、特に問題が起こらなければ、
この申請手続きに間に合うと思います(主観)」。
というように伝えると、聞いた側が正確に状況を
把握し、かつ伝える側の意見も聞けます。

このように客観と主観に分けて伝える癖をつけると、
とてもうまく話が進みやすくなります。

伝聞はアテにならないことに対して、
僕らができるもう一つのことは、

相手が絡む場合の時、「相手の立場や状況、性格だったら
どう感じて、どう考えるか」という相手ベースの思考をする
ということです。

普通、僕らは「自分だったらこう感じるし、考えるだろう」
と自分ベースの思考にしてしまいがちです。

しかし、自分と相手は違うため、「自分だったら・・・」
と考えても、実際とは大きくずれてしまうことがあります。

そのため、相手の立場や状況、性格を想像して、
相手ベースで考えると、実際とのズレが少なくなったりします。

伝聞は、あまりアテになりません。

そのため、そのズレをどうやって少なくしていくかって
工夫をしていくほうがいいなじゃないかなって思います。