カテゴリー別アーカイブ: 磯谷 健悟

「普通」なんてものはない

「普通」という言葉を思い浮かべて何を思いますか?
まず自分勝手な結論を述べると、
私は「普通」という言葉が非常に嫌いです。

ネガティヴな話でもなんでもなくて、
大学生になってから時折感じていましたが、
社会人では尚更「普通」という概念なんてもう存在しないと
感じるようになったからです。

というのは、つい最近友人と少し言い合いになった際に、
「そんなもん普通だったらこうするでしょ?」
という言葉を投げられました。

そこで私はカチンときてしまいました。
なぜなら、その友人は言い合いの中で「普通」という言葉を使って、
自分の価値観を正当化させたいに過ぎないと考えているからです。

もう22年以上も全く異なる世界で生きてきて、
家庭も学校も地域も何もかも違う環境で育ち成長してきたのですから、
その人にとってのみんなが総じて思っているであろう「普通」は、
第三者からしたらとっくに「普通ではない」のです。

全ての人が違う環境で育ってきた独自の「普通」は、
自分とその周辺で長く一緒にいた人々の似通った「価値観」であり、
社会に出た上でその価値観が似ている人は
もう簡単には出会えないだろうと思っています。

だからこそ、他人の「普通」、つまり独自で築き上げてきた価値観を、
全否定するのではなく最大限にリスペクトし、
お互いの価値観を擦り合わせた上でwin-winになるような
関係性を構築していきたいと改めて思うようになりました。

…あ、言い合いに関しては無事終息しました。
議題は「彼女がいるのに他の女性と食事に行くのは許容できるか」です。
なんともしょうもない議題ですね笑
でも久々に白熱したので、これはこれで楽しかったです。

日常言葉を正しく使う

こんばんは。
秋葉原の磯谷です。

以前社内の先輩が話していた内容で、
「私たちは言葉の職業です。言葉は正しく使いましょう。」
という旨の話がありました。

その話を聞いて全くその通りだと感じていましたが、
斯く言う私も、正しい言葉を使えているかというと甚だ疑問です。
そう思いながらも、自分が知っている範囲内の言葉で
使い方を間違っているものを目にすると、
「いや、使い方間違ってるよ…」といやでも思ったりしてしまいます。

日々の業務の中で、あらゆるネット記事を見たりするのですが、
併せてその記事に対するコメント(Yahoo!ニュース等)を見るのが好きだったりします。
匿名かつ誰でも気兼ねなく発言できるのがこのコメント機能のメリットですが、
それを良いことにかなり雑な言葉の使い方を散見します。

最近気になったのでいえば、「若干○歳」という言葉。
年齢のことを指す場合は、基本「弱冠」を用いますが、
世に周知されまくっている影響なのか馴染みのある言葉だからか、
大半の人は「若干」を使用します。

他にも、「お願いいたします」を「お願い致します」としたり、
読み方で「独壇場」のことを「どくだんじょう」と読んだり、
(調べたら今は「どくだんじょう」でも大丈夫だそうです。。)
有名ですが「意外」と「以外」の使い分けだったり。

自分が気にしなければいいだけの話ですが、
意味を知ったからには正しい使い方で寄り添わなけばと常々感じます。
と言いつつ私も、最近まで「佳境に入る」の使い方を間違っており、
「とても忙しい時期」というような意味合いだと思っていましたが、
「(物語や演劇などで)興味深い場面に差しかかる」という意味で
用いられることがわかりました。。

このような言葉の使い方で一番やっかいなのは、
その人は間違って使っているという認識が全くないことです。
他人に指摘されたり自分で調べないと、
いつまで経っても直すことができないので、
日常で使用する言葉はできる限り調べた状態で今後に臨みたいと思いました。

意識を常に「社会」に向ける

初めまして!
秋葉原支店への配属となりました、磯谷健悟(いそがいけんご)です。
さて、一昨日にはなりますが、
22卒の入社式がZoomを通じて行われました。

その際に、自分も含めて一人一人に、
3分ほどの挨拶を設けていただいたのですが、
私の挨拶では、就活当時に描いていた自分の将来目標と、
現在の自分の行なっていることが全く異なっているという話をさせて頂きました。

就活生の時は、どこの企業・組織にも属していないぶん、
自分の見える範囲が「社会全体」にしか向きません。
そのため、自分が「社会」に対してどのような貢献ができるのか、
いうならば自分は「社会」をどのように変えていけるか、

そんな非常に広い視野で、
社会人としての立派な目標や夢を思い描いて、
それを本気で実現させてやろうと
就活当時の自分は考えていました。

しかし、私は昨年の5月から弊社の内定者インターンを続けてきたことにより、
就活当時の社会全体に向いていた大きな目標が、
いつの間にか会社内でしか達成できないような小さな目標に変わっていました。
就活生時代での「社会を変えてやろう」という強い想いが消え失せていたんですよね。

そのことを入社式の前に気づきました。
これから一人の社会人として日本社会に飛び込むのに、
入社前から既に思考回路が非常に狭まっている状態では、
「社会人になった」とはとても言えたもんじゃありません。

自分がこの会社の仕事を通じて、
社会にどのような貢献ができるのか。
一人の社会人として、
日本に何を与えることができるのか。

非常にスケールが大きくて難しいことではありますが、
自分が社会人になったというこの意味を、
常に強く意識しながら、
これからも必死に突き進んでいこうと思います。